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『太郎……どうか……この子をよろしく……ね……』
そして母の血にまみれた赤子が俺に手渡される。
母の死を弔っているかのように、部屋中に響く赤子の泣き声。
ふと産声が止まり彼女の目が開かれる。
血よりも赤い瞳が、俺を貫いて――――
心臓が跳ね上がる感覚と共に、目を見開いた。
僅かな明かりが灯された部屋。俺から少し離れた隣に、寝息を立てている花の姿がある。
夢を見ていた。母の最期、花の出生。
思えば昔は幸せだった。美しい母、村人から高い信頼を得ていた父。そして俺自身神童として期待されていた。
こんなことになるなど、誰が想像できただろう?
もっとも、それ程までに俺達一家に信用があったからこそ、花は今生きていると言える。
゙村の災い゙を殺しに来た村人達も、『母の遺言だ』と言って赤子を抱えていた俺に、何もすることが出来なかったのだから。
そしてあれから十年が経ち、村人達から母や父に対する想いが薄れても、花の゙命を奪わせない゙だけの地位を俺は築いた。
だが時々思う。あの時母が死ななければ、どのような人生を歩んでいたのだろう、と。
「死を克服する方……か」
ふと、昼の会話が頭を過る。
確かに千婆さんは異質な存在ではあった。そもそも千婆さんというのは本当の名ではない。
全身が白髪に覆われ、僅かに覗かせる肌は皺だらけで、睨み付けただけで人を殺せそうな程、恐ろしい目付き。
まるで゙千年゙生きてきたような容姿をしていたから、゙千婆さん゙と呼ばれていたのだ。
だが実際に千婆さんの姿を見た者はほとんどいない。それは皆彼女に近付こうとしないからであり、興味本位で近付いた者は大概大怪我をして帰ってきた。
そして彼女の死も、尋常ではない。
ある晩、彼女の住む山の頂から切り裂くような絶叫が、麓に住む俺達の所にまで響き渡った。
村の安全の為にと勇敢にも山を登って事態を確認しに行った者が目の当たりにしたものは。
血を吸って赤く染まった大地と、転がった彼女の生首。そして切り離された胴体の右手には、血に染まった刀がしっかりと握られていたという。
『あいつは、化け物だ』
誰もが口を揃える。
それほど曰く付きの人物なのだ、千婆さんは。
だから、皆が゙死を克服する方法゙とやらを信じる気持ちもわかるような気がした。
そんなこと、どうでもいいのだけれど。
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