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朝、蝉の鳴き声で目が覚める。
はっきりとしない頭を最初に刺激したのは、花の作る朝飯の匂い。
彼女はいつもよりも気分が良いらしい。俺が起きたことに気が付くとそれをお椀に注いだ。
「おはよう、たろちゃん。今日もお稽古……頑張って」
そして彼女に差し出された鶏汁を啜る。
ふと、母程ではないが花は飯を作るのが上手くなったな、と思った。
そう告げてやると、少し驚いた表情を見せ、それから僅かに微笑んだ花。
それは本当に久々に見た、彼女の笑顔だった。
「もう一回御願いします! 太郎さん!」
そう言って目の前の男は、俺に叩き落とされた木刀を拾うと肩で息をしながら構え直してくる。
こいつもか。この暑い中、皆真剣な表情で俺に挑み、弱音を吐く者は一人もいない。稽古を始めてからどのくらいの時間が経っただろう。
どうも様子がおかしい。皆明らかに真面目過ぎるのだ。
この違和感の正体を掴もうと、全神経を集中させる。すると、端で待機している奴等の小さな声を捕らえた。
「――僕はこんなの、太郎さんに申し訳なくて、嫌ですよ」
「――気にするな。俺達はただ、彼をあの娘から引き離して置けばいいんだ」
その瞬間、全身から血の気が引くのを感じた。
゙あの娘゙
それが誰を指しているのかは明白だ。
俺は我も忘れてそいつらの所に駆け寄ると、一人に掴み掛かり地面へと押し倒す。
「お前ら……花に何をするつもりだ!」
「な……何のこと――」
「惚けるな!!」
怒りのままにそいつの首を締めあげる。彼は苦し気に呻き声を上げ、白目を剥き始めた。
「話します! 話しますから、やめてあげて下さい!」
見かねた隣の男がそう叫ぶのを聞いて乱暴に手を離し、自分の前でむせ込む声を無視してそいつに視線を移した。
「僕らは……村長に頼まれたんです。゙死の克服゙についての話はご存知ですよね?」
「……ああ」
゙死の克服゙それを今耳にするとは思わなかった。予想外の展開に一瞬怒りを忘れる。
「それで実際に試してみようということに……なったんです」
村長はもう高齢だ。そんな馬鹿げた物にでもすがりつきたいのだろう。そこまではわかる。
「だが、それが花と何の関係があるんだ」
当然とも言える俺の疑問に対し、彼は動揺を見せる。そして目を伏せると小さく呟いた。
「誰か生け贄が必要なんですよ」
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