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『たろちゃん。私は、化け物?』
白い髪を血で赤に染めて、戸口に立っていた花。
涙を流している訳でも無い。俺に抱きついてくる訳でも無い。
ただ、赤い目を僅かに揺らして、立っていた。
『……村の奴等の言うことなど、気にする必要は無い』
そう言って頭の血を拭ってやると、花は俯いて小さく呟く。
『たろちゃん――』
その先は聞き取ることが出来なかった。
ある日の、そして幾つもの日の出来事。
「化け物め!!」
最後の一人の怨み言を聞き流し、一太刀を食らわせる。
これで、村から全ての人の声は失われた。皆、俺が殺してしまったのだ。
俺は自分に刺さったままだった槍や包丁、弓等を片付ける。
傷口は、一瞬血を吹き出したものの、驚く程の早さで塞がった。
ふう。と溜め息を吐く。
耳が切り裂かれそうな程の阿鼻叫喚、二度と忘れられぬような地獄絵図であった筈なのに、俺の記憶は酷く曖昧だ。
村人全員消してしまえば、少しはすっきりするかもしれない。そう思っていた。
しかしこうしてみると虚しいばかり。
大きく息を吸って空を仰ぐと、俺の瞳と同じ色をした太陽が目を焼かれて痛み、思わず視線を地面へと戻す。
怪我の痛みからは逃れようともしなかったのに、可笑しな話だ。
まあどうでもいいことだ。もうこんな所に用は無いのだから、早々に立ち去るべきだろう。
そして、花がいるであろう山を目指して歩き出した。
暑い。
血がぬめりとしていて、さらに不快感を増す。
空は憎らしい程青くて、夏から溢れる音は相変わらず騒がしい。
ああ、苛々する。
元来た道を通っていたので、再び先程の水溜まりが目に入る。
もう一度自分の面を拝んでやろう。そう思い付いて覗き込むと、映った姿にぎょっとした。
自分の血と、大量の返り血で全身が驚く程赤く染まっているのだ。
まるで、俺と村人全員の醜さ全てを浴びたよう。
そう思うと急に恐ろしくなり、力任せに水溜まりを踏みつける。
血が溶けた水がゆらゆら揺れて、もう俺の姿を映すことはなかった。
花の所へ急ごう。
俺にはもう、あいつしか居ないんだ――
そして俺は、赤に染まった我が家のその先にある、木々が生い茂った山を見据える。
さわさわと、山が震えた、気がした。
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