宵越しの君に

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   出てきたのは、一本のカセットテープ。便利な電化製品が出回るこのご時世には、時代遅れな代物だ。  カセットテープを確認すると、俺はジャージ上着の右ポケットから、青い携帯型のカセットデッキを取り出した。小さな傷がいくつもあるような大分年季の入ったカセットデッキだけど、俺にとっては早朝ジョギングの大切なパートナーだ。  デッキに電源を入れると、スイッチの隣にある小さなランプが青く点滅を始めた。  俺は鳥小屋から取り出したカセットテープを透明なケースから出し、デッキの挿入口に入れてから、デッキに繋がるイヤフォンを両耳にはめた。  そして最後に、再生ボタンに指を置いた。 『おはよう、たすく』  イヤフォンの向こうから、一つの声が響いた瞬間、俺の耳に届いていた全ての音が一瞬にして消え、代わりにカセットテープから聞こえてくる声だけが、クリアな音で届いた。  まるで鈴みたいに、広く深く聴覚に響く声を、俺は静かに聞き入った。 『今日は、星がよく見えて空が綺麗だよ。きっと明日は晴れるね』  俺は空を見上げた。木の葉の隙間から見える空は、白く濁っていた。 大外れの天気予報を聞きながら、俺は小さく笑った。 『星といえば、織姫と彦星だよね。私あの物語が、昔話の中で一等好きなの。って何度も話したか』  テープの中の彼女は言いながら苦笑していた。
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