金原亭馬生師匠から。「酒のみ憧れの最期」

2/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
アタシが今憧れてる死に方が落語家・金原亭馬生。落語を嗜む人では誰もが知っている昭和の大落語家・古今亭志ん生の息子、弟は天才・古今亭志ん朝。 父の志ん生が放蕩親父なんで若い頃は苦労してまして、弟の志ん朝が華やかすぎて陰に隠れがちですが。歳ふるごとに渋くかつわかりやすく面白く。これから大名人かというときに五十代の若さで亡くなりました。 「酒仙」と呼ばれましたが、いわゆる飲んだくれて暴れる酔っ払いてわけでなく、わずかなツマミでゆっくりじっくり飲むお方のようで。 「飲むと同じ話を延々とする」「やがてしゃべりは少なくなるけどだんだんと面白くなる」ような酔い方と聞いています。酔って高座に出てしゃべれなくなったから「踊りでもやりましょう」としたらズッこけて。みんなハッとしたのに当人ニヤニヤしてたて話も残されてますな。 起きたら枕元にあるお酒を飲んでいたり。伝説ですがある学校で一席上がる前校長先生が挨拶しに来たときの最初の一言が、「あの、お酒ありますか」。 校長に買いに走らせたと。 …書きながら「ロクデナシ」みたいな印象となりましたが、もちろん一度聞いていただけたらわかると思いますが普段は上手な噺家で、飲んでも素面でも穏やかな人柄、他人に厳しいひねくれ者の立川談志も敬愛していた人望の厚さがありまして。書画にも舞踊にも秀でてまして、それらをひっくるめた人柄が充分に落語にも滲み出てまして。「目黒のサンマ」や「笠碁」もおかしいのですが酔っ払いをやらせた「親子酒」も馬生師匠の持ち味が発揮できた傑作です。 と、予備知識はこれぐらいでいいかな。ちとクド過ぎたかな? そんな馬生師匠の最期は酔っ払い憧れのものでして。 喉頭癌をわずらった師匠は「しゃべれなくなったら落語家ではない」と喉の手術を拒み、病状が次第に悪化。 寝たきりになってきたある日、「ちょいとお寿司を食べたいねぇ」と浅草にある行きつけの寿司屋に行きたいことを言う。 けどとてもそこまで行ける体力がないことを知ってる家族。機転を利かせ「今日は休みですよ。だから魚屋さんからマグロ買ってきますからそれを食べましょう。」とマグロを買ってくる。 師匠はコップ酒でマグロをつまみこう言います。 「うん、マグロがいいとお酒も美味しいね」と。 コップ酒を飲んで床についた師匠。眠っていってそのまま帰らぬ人となりました。 「美味しいね」と死ぬ幸せね。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!