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轟音を立てる風が、痛い。
聴覚は既に麻痺して、ただ目だけがはっきりと現実を映していた。
風の中から、いやに白く見える人の腕がフィオに向かって伸ばされる。それは、荒波に揉まれる中一筋の藁を掴むかのように、フィオに指先を向けていた。
「……い、嫌だ……!」
フィオは尻餅をついたまま、その手から少しでも逃れようと腰の立たない体で必死に後ずさる。
嵐の中から這い出てきた手は、腕、次は肩、胸と、徐々に真っ白な肌を晒していった。深い闇の中で不釣り合いな白い肌はやがて、銀に彩られた長髪を伴ってフィオの前にゆっくり倒れ込んだ。
(人……!?)
20代半ばに見える彼は、悪魔とは思いがたい程美しかった。色を失った銀色の長い髪は、太陽の煌めきを切り取ったかのように徐々に黄金へと光り輝いていく。
案外がっしりした背中の肉を突き破るように生えた羽なき翼は、ガラスが崩れていくかのようにきらびやかな粒子となって、風にさらさらと消えていく。
その粒子を吸い込むかのように、あんなに収まることのなかった風が勢いを弱めていった。やがて音もなく大気に散ると、神殿はようやく静けさを取り戻したのだった。
(……一体……何が……)
魂が抜けたようにフィオは座り込み、じっと男を見つめていると――背後から何やら騒がしい音が近付いてきた。
「おい、神殿の扉が!」
「誰かいるのかッ!?」
バタバタと複数の足音を立てながら神殿内に入ってきたのは、先程まで全く姿が見えなかった兵士達だった。
フィオは人が来たと安堵した。だが、見知らぬ裸体の男と座り込んでいる自分の立場をようやく認識して、ゾっと寒気立つ。
――こんな状況を見られては、申し開きもできない……!
「あ、あの……!」
「神子(みこ)様、これは一体どういう……!?」
あっという間に兵士に取り囲まれ、抜刀した兵士が呆然とするフィオに問う。
「――フィオ。やっちまったね」
フィオの代わりに応えた唐突なる声は、正面のステンドグラスから聞こえた。
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