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「姉妹、ね……」
アーシェはカップの縁を指先でなぞりながら、ゆらゆらと風に揺らめく琥珀色の水面に視線を落とした。
ざぁあっと風に吹かれた木々の葉が擦れあい、千切れた葉が頼りなげに宙に舞う。
「……わざと、だよ」
ぽつりと呟いた言葉を、しかしエイダは聞き漏らさなかった。
くっ、と口の端を歪め、堪えかねたようにくつくつと肩を揺らして笑う。それは誰に対しての、何に対しての笑いだったのだろう。アーシェはカップを両手で包み込み、水面に目を向けたまま口を開いた。
「お前には話してやろう。隣国の“贄”が行方不明という話は知ってるな」
「ええ……オルディプスさんから聞きました」
「それで、この国の馬鹿な汰王はうちの贄をやることにした。表面上じゃあ人道的配慮だの、長年の付き合いだの言ってるが本当は違う」
そもそも、とアーシェは続けた。
「贄に頼らなきゃならんような事態なんざそうそうない。始まりは、ある日を堺に隣国の汰王と連絡が取れなくなった。きな臭い噂は立っていた国だが、未だ逃げてくる難民もなし、国が傾いたという話も聞かん。だが、贄が必要なほどの事態は――」
「――謀反。民が王を、殺した……?」
ざああっ、と一際強い風が通り過ぎていく。
アーシェは言葉にこそしなかったものの、エイダの言葉に満足そうな笑みを浮かべる。
「そりゃあ、民は逃げぬだろうさ。自分達のしでかした事が露見するからな。だが、それも時間の問題だ」
エイダは自身が口にした言葉の重大さを実感し、ぞくりと這うような悪寒を堪える為に自らの腕を抱いた。それでも、この恐ろしさは現実味を持ってエイダの肌に突き刺さる。
「汰王殺しは大罪だ。そのままにしておけば、やがて天罰が下るだろう。その前に贄には人柱となってもらい、神に弁明しなければいけない。だが、人柱に奉る神事を執り行うのは汰王でなく民だ。神聖な神子である黄金の民は、只の人間の手によって辱しめられ、屈辱の上に殺され、神が許しを与えるまで晒され続ける。
汰王が奉るよりもよっぽど残酷で、陰湿で、吐き気のする儀式だ……!」
「……アーシェさん……」
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