水鏡之人、喪失

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「本当はな……エイダ。ぬしもエデンへ連れて行きたい。わらわは人が行ってきた愚行を許せぬ。大佐や汰王が行ってきた事は決して突出した行為ではなく、人の内に誰でも住みうる狂気そのものだと思うのじゃ」  床に散らばるガラス球をひとつ拾い上げ、ろうそくの明かりに照らしてみながら、無感情にそうぽつりと漏らした。しかしエイダは笑んだまま、静かに首を横に振る。 「それは、今までミッドガルムを良くしようとがんばってきたマリアさんまで否定することになりますよ。  人は、愚かさと過ちを併せ持つ生物からこそ、愛おしい存在なんだと思います」  腰のポケットから取り出した、黒塗りのクシを眺めながらエイダははっきりと言った。それは深い愛情に満ちていて、確信めいたものだった。 「それに……僕は、エデンへ戻ることを、許されていませんから」  えへへ、と冗談ぽく笑うエイダに、ラーンはわざとらしく大きな溜め息を吐き出した。 「それが納得いかぬ! わらわは事の細部まで知らぬが、マリアが言っておった。ぬしに過失はないと。エデンは、自らの身かわいさに……!」 「ラーンさん。ダメです、それ以上は。あなたの身を危うくしますよ。  それに、“あれ”は……僕の責任です。僕自身の罪です。そう、十字架を負わねば……僕は今、こうしてここにいることを許されない」  ラーンの言葉を遮って、今度は自分の口元に人差し指を添えた。納得顔ではないラーンがまだ何か言いたそうだったが、エイダの寂しそうな横顔を見たら、口をつぐむしかなかった。 「それに、僕はフィオさんを助けに行きたいんです。そうしなければならない気がする。……確かなものなんてないですけど、だからこそ確かめたい。  この感情が、なんなのか……」  ラーンはもう、何も言う気をなくしていた。じっとクシに見入るエイダに一抹の根拠ない不安を感じていたことも、ただただ黙って胸の内にしまった。
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