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「あきれた」
唐突に背後から投げかけられたその声に、しかしびくりと体を強張らせたのはオルディプスの方だった。
「こ、これは猊下、その」
「“庭”で猊下はやめろと言ったろ。おい、オルド」
猊下と呼ばれた、どう見ても12、3歳にしか見えない美少女はひょいっとオルディプスを持ち上げると、じぃーっと睨みつける。それだけでもうオルディプスは、舌の先っぽ一ミリだって動かせない。
「ボクはこいつの性質をおもんぱかった上で、なお菓子の時間を過ぎてから来たんだぞ。これはどういうことだ、ぁん?」
「げ、げっ、猊下、世の君っ、くびがっ! ちんぴらみたいですぞっ」
ぐわんぐわんとオルディプスを振り回しながら、しかし少女はちょっと楽しそうだった。
「ったく、こんなことならメイドの百人も付けるんだった」
「いや、姫、あれは僕ほんとに罰ゲームに匹敵する……」
「うるさい。イイ年こいて、ちゃんと起きてから反論しろ。女官長が朝飯も食っとらんと嘆いておったぞ」
ふんとつるぺったんな胸を張り、ぼとりとオルディプスを地に落とすと、銀の玉飾りに彩られた闇夜のような漆黒の髪を指先でいじる。少し色素の薄い、灰色の混じる愛らしい瞳は今、かなりイライラとしているように見えた。
そんな彼女の様子にようやく不穏な空気を感じたか、おたおたと立ち上がり、本の存在を忘れてばさばさっと床にページを散らばせ、更にわたわたとしゃがみ込む。
「あーも~~~~~」
ぐしゃぐしゃとせっかくの美しい髪をかき、彼女はしかし手伝う様子もなく心底呆れた顔で彼を見下ろした。
「お前は本当に“世界の敵”なのか? 自信なくなってきた……」
「だから、僕はそんなものじゃありませんって。姫」
にこにこしながら紙を拾うエイダの横顔は、どこまでも優しい。
そうだ。こんな風に、笑うやつだった。思わず懐かしい思いがこみ上げて来るのを、視線を逸らすことで誤摩化す。
エイダには――どうしても、言わなければならないことがあるのだ。
「……エイダ」
「はい? 姫」
呼ばれ、彼女の方に目を向けると。少女は先程よりも目付きがきつく――きゅっ、と、何かに堪えるように下唇を軽く噛んだ。
「今日……、お前の封印を解いた女を、処刑する」
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