理解不能、馴合

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         あの二人きりの日から、数日後。フィオがこの国を出る日が来た。  色とりどりの花に囲まれた、六頭の銀の馬に引かれる馬車はさながら、結婚式の輿入れのような華々しさだ。 「……行くのか」  窓枠に腰掛け、その様子を見ていたアーシェがぽつりと呟く。 「ええ。お待たせするわけには参りませんもの」  ふんわりと笑みを浮かべ、目も冴えるような真紅のローブに身を包んだフィオが応える。  アーシェは無表情のまま、視線を空に移した。きらびやかな眼下の風景には似つかわしくない、どんよりと湿気を含んだ黒雲が空に覆い被さっていた。 「フィオ……頼みがあるんだ」  振り向かないままそう言うアーシェの、表情は伺えない。 「まぁ、神様からお願いなんて。なあに?」 「神殿に、今すぐ行ってほしい。ボクとの契約を破棄しなければ、いかな汰王と言えど君を贄には出来ない。契約の破棄には、神殿に行く必要がある」  淡々と言うアーシェの言葉に、しかしフィオはその華奢な白い首をかしげた。そのような話、聞いたことがない。 「そうなの? けれど、汰王は何も……」 「ボクら神に関しては、汰王にも知らないことがある」  やっと視線をフィオに向けたかと思ったら、アーシェはじぃっと見つめてくる。  その瞳には、いつも自信と活力に満ち溢れた彼女らしくない、どこか気弱とも思える不安げな光を宿していた。だからだろうか、フィオが大して追及せず、アーシェの言葉に従ったのは。 「わかったわ。それで、神殿に行って何をすればいいの?」 「神殿の奥に、天使が描かれた絵があるだろう。その絵の前で膝まずきなさい。それだけだ」  にこりともせず言い放つと、アーシェは音も無く立ち上がって窓枠を蹴り、ふわりと空に浮かんだ。 「フィオ……」  窓辺へと歩み寄ってくるフィオを見下ろしながら、アーシェは囁くような声で言った。 「何度君が、只の人間であったらと願ったよ……普通の人にはボクの姿は見えないから、矛盾するんだけどさ。でも……――」  ――その先の言葉は、姫神が空に消えるように風に呑まれて、フィオには届かなかった。
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