理解不能、馴合

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「アーシェ……」  アーシェの消えていった空を見上げながら、フィオは予見していた。  恐らくあの様子から見て、神殿での楽しげな展望は期待できまい。そもそも、隣国に着けば死を望まれる未来に、明るい希望などない。  死ぬのは、不思議に怖くなかった。神の元へ行くのは“不幸”ではないと、教えられていたからだ。  ただ――  唯一の友に、哀しい顔はさせたくなかった。  だから、フィオは汰王の出立命令よりアーシェの願いを優先させた。汰王の命と言えど神には逆らえない身、優先度が違う。  部屋を出て神殿へ向かおうと扉を開けた時――フィオは、異変に気付いた。  フィオの身を守る為の兵士が、いない。  部屋の入り口どころか、廊下にも、その先の階段も、広間や神殿への道にもいない。  不気味な程静まり返った廊下を、ひたすら歩く。コツーン、コツーンというフィオの足音だけがいやに響く。  時間さえも息を止めたかのように動きをやめ、辺りには痛い程の静寂。  重い重い神殿の扉を、よりかかるように体重を使ってゆっくり開けていく。この時だけは、「見張りが居ればよかったのに」と思わずにはいられなかった。  カツン、と神殿内に一歩踏み込むと、ひゅるりとうすら寒い風が脚を撫でていく。一年に一度の儀式のために入ることはあっても、こうして一人で神殿に入ることはなかった。頭上の大きな窓とステンドグラスに足元を助けられながら、中央の壁に飾ってある巨大な絵画を見上げる。  その絵画は、険しい岩場を背景にしていた。なんとも寂しい、茶色の世界。今にも奈落の底へと落ちていきそうな醜い顔の悪魔へ、神々しい天使の持つ槍が幾本も突き刺さっている。  儀式の際、何気なく見てきた絵画だが……フィオは、言い知れぬ違和感のようなものを感じていた。  フィオはじっと絵を見つめながら、アーシェに言われた通りに絵画の前の段差へ膝をつく。
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