理解不能、馴合

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 ――フィオ、ごめん―― 「……え?」  風の音に混じって、耳馴れた少女の声が聞こえた気がして。フィオは、ハッと顔を上げて辺りを見渡した。  その、フィオの目の前で。  余りにも巨大な絵画の中に、じわりと淡い染みのようなものが浮き出てきた。それは見る間に黒く大きくなっていき、絵画全体を飲み込んでいく。  同時に、絵を中心にして黒い煙のようなものがざわざわと絵画を包んでいった。フィオは跪いたまま、全身を見えない手で撫でまわされているような気持ち悪さを感じた。 (ッ……駄目……ここにいちゃ、いけない……!)  今まで味わったことのない、強烈な圧力――これは、殺気。  立ち上がろうと思っても、膝が笑って上手く力が込められない。ぺたんと尻餅をつく形で、暴風渦巻く悪魔の絵を呆然と見上げることしかできなかった。  ――逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!!  訳も分からない恐怖心だけが、胸の奥底から止めどなく湧き出てきて暴走する。気持ちとは裏腹に指先ひとつ動かない身体に苛立つ余裕すらない。  絵を包む黒々とした風は青白い稲妻を抱き、フィオを威嚇するかのようにバチバチと辺りへ小さな電撃を撒き散らす。   顔が、そらせない――  やがて、嵐のような中から何か、骨だけの翼のようなものがちらりと見えた。 「――ァ……ゥアァァ……」  どんな凶悪な獣よりも恐ろしい、心を鷲掴みされるような、底冷えする声――  血のようにどす黒く、禍々しく折れ曲がった左右三枚ずつの六翼が、まるで腕を広げるかのように伸びていく。 「……その、昔……」  かちかちと奥歯が噛み合わない。しかし、口をついて出たのは助けを呼ぶでもなく、悲鳴を上げるでもない――幼い頃聞いた、昔話の冒頭。  祖母から、母から、訥々と語られてきた、只のお伽噺だと思っていた話。 「六対の翼持つ……地獄よりの使者、世界を原始へと……誘わん……!」
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