流転の先に

8/44

90人が本棚に入れています
本棚に追加
/137ページ
女性から受ける疑惑を、アリッシュは敢えて払拭しなかった。 自身の事情を、軽はずみに口外したくはない。 必要に迫られるまでは、他人に多くを語るつもりはなかった。 「ありがとうございました。 色々と聞く事が出来て良かったです」 「……そうかい。  またいつでも来ると良いよ。 聞きたい事があったら、遠慮なくおいで。 分かる範囲内で答えてあげるよ。 遅くなったけど、名乗っておくかね。  あたしはホリー。  このギルドでの雑用係さ」 会話の終わりを悟り、皮肉気に名を伝えるホリー。 少年を注視し続けている辺り、直感で得た印象を、やはり捨て切れてはいない様子だ。 「はい。 またお邪魔する事があると思います。 その時には、宜しくお願いしますね。  僕はアリッシュと言います」 互いに名乗り合えた処で、どちらからともなく握手を交わし、柔和に笑む。 この邂逅が、その場限りではないだろうと、互いに意識しながら。 「ホリー」 「マラカイ。  話は纏まったのかい?」 アリッシュがギルドを去った後、地図を広げて話し込んでいた1人の男性が、カウンターに座る。 年の頃は二十代後半か。 短く刈り揃えた金髪、ブラウンの瞳。 彫りの深い強面な印象を与える顔立ちであり、こめかみから縦に入った傷痕が、更に高圧的な雰囲気を与える。 直ぐに依頼に向かわないのか、今はジャケットに厚手のズボンと、ラフな服装だった。 「一応な。 尤も、前情報が2ヶ月前になるから、鵜呑みには出来ない。 あの一帯は、昔小型だが竜種が確認されてる。 それなりに危険な探索になりそうだ」 「そうかい。  まぁ、準備は入念におしよ。  無理はするんじゃないよ?」 「ああ。  気を付けるさ。  それより……」 マラカイは、おもむろに背後にある入口を一瞥した。 「……アリッシュかい。  あんたはどう思う?」 ホリーの漠然とした問いに対し、マラカイは嘆息する。 「冒険者に向いてるかは、俺にも分からんな。 只……事武力に於いては、俺より上だろう」 「本人は素養が無いって言ってたけどね」 「そうなのか? だとしても、俺には普通には見えなかったけどな。 彼とは去り際に一瞬目があった程度だが、少なくとも……場数は彼の方が上に感じた」 危険地帯を歩み続けて来た、冒険者の鋭敏な感性もまた、少年を異質と捉えていた。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

90人が本棚に入れています
本棚に追加