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華美過ぎる事のない、けれど広々とした室内。
天蓋で仕切られたベッドで、一組の男女は寄り添い眠る。
薄いシーツから覗く肩口や胸元。
2人とも着衣をベッド脇に脱ぎ捨てている。
規則正しく洩れる呼気。
2人の寝顔は、この上無く穏やかなものであった。
堅固であり装飾のあしらわれた窓枠、赤を基調とした細かな刺繍の施された絨毯、室内に申し訳程度とはいえ配された調度品。
決して贅に尽くされている訳ではないものの、それは芸術的で、高貴さが窺い知れる。
カーテンの隙間から窓を抜け差し込む陽の光と、小鳥の囀ずりが伝える快晴の朝。
室外は既に目覚めを終え、使用人達が各自の役割に携わっていた。
騒然としている訳ではなく、けれど穏やかな緩慢さは見て取れない。
皆、一様に無駄がなく、動作が洗練されている。
その所作が、機敏でありながらも慌ただしさを感じさせなかった。
そんな、外部の風情と隔てられたかのような静寂が支配する寝室に響く、2度のノック音。
「失礼します」
2人の返事を待たずに、1人のメイドが慣れた調子で入室する。
セミロングのブロンドが映える彼女には、獣科に類似する耳があった。
ワンピースのメイド服から、毛並みの良い尻尾も確認出来る。
彼女はおもむろに歩を進め、窓辺のカーテンを開けていく。
高い天井付近から吊り下げられたカーテンは、彼女の身長の3倍以上の長さがある。
華奢な体躯の女性では意外と苦労しそうなものだが、それでも彼女は苦もなく行う。
3組のカーテンが開けられた室内は、その薄暗さを解消し、陽の光に満たされる。
置き去りにされていた寝室にも、朝の気配が浸透してゆく。
メイド女性は、次いでベッドの天蓋に歩み寄る。
その時には、ベッドの中にも動きが見られた。
天蓋の衣を彼女は開け、紐で結わえ付けていく。
「御早う御座います陛下」
「おはようキアラ。
今日も1日宜しくな」
天蓋の片側を開け、互いに微笑み合い交わす、毎朝恒例の挨拶。
それを行う事で、メイドの女性…キアラは、その日の始まりと自身の職務の遣り甲斐を感じる。
そして何より、偉大な主君の数少ない一面も見られる優越感。
キアラは自身の務めに誇りを持っていた。
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