十.動き出す悪意

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息を潜めて近付けば、何事かを呟いているのが聞こえてきた。 もう少し、もっと……近くに。 更に、意識を研ぎ澄ませる。 女は唯一つの言葉を、ひたすらに呟いていた。 ──鬼、と。 『楓、この者はもしや』 憑世見が言わんとするその相手は、あたしが思う相手と同じだろう。 恐らくは……いや、間違いなく。 深川の芸妓だったっていう、あの女だ。 憑世見に、確信を持って頷いた。 刀次を愛し、刀次に捨てられた、女。 その妄執が鬼を呼んだのか、あるいは女そのものが鬼となったのか── 耳を覆いたくなる呪詛の声。 ── 一つ間違えば、こいつはあたしの姿だったかもしれない。
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