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息を潜めて近付けば、何事かを呟いているのが聞こえてきた。
もう少し、もっと……近くに。
更に、意識を研ぎ澄ませる。
女は唯一つの言葉を、ひたすらに呟いていた。
──鬼、と。
『楓、この者はもしや』
憑世見が言わんとするその相手は、あたしが思う相手と同じだろう。
恐らくは……いや、間違いなく。
深川の芸妓だったっていう、あの女だ。
憑世見に、確信を持って頷いた。
刀次を愛し、刀次に捨てられた、女。
その妄執が鬼を呼んだのか、あるいは女そのものが鬼となったのか──
耳を覆いたくなる呪詛の声。
── 一つ間違えば、こいつはあたしの姿だったかもしれない。
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