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ざりざりと草履が砂を擦る音と共に、痩せこけた男が一人、姿を現した。
「あぁ、本当に綺麗ぇだねぇ」
口元を微かに歪めたのは、恐らく笑ったんだろう。その笑いに、ぞっと肌が粟立つ。
ゆっくりと、相手に気取られない様、ゆのかを背に庇いながら、男の風体を見定める。
手足は棒みたいに細っこく、まるっきり力は感じないが、異様とも言える目の濁り方が、あたしに気を抜かせない。懐手にした右手が、更なる不信感を煽る。
──ゆのかを連れて来たのは、間違いだったね。
心の中で舌打ちするも、後の祭りだ。そんな事は、今更考えても仕方ない。
この場を切り抜けるが大事って、ね。
髪に差した簪をするりと引き抜き、身構える。
「ゆのか、動くんじゃないよ」
幾ら細くとも、相手は男。こちらから仕掛けるのは、得策とは言えない。
──隙を伺って、逃げる。
それがこの場の、最善。
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