70人が本棚に入れています
本棚に追加
空を切る音と共に刃が突き出されて、咄嗟に切っ先を掬い上げて反らす。
てんで為ってない素人の太刀筋だけど、思いもよらない力が込められていて、簪を握る手が、僅かに痺れている。
──長期戦は、不利。
逃げの一手を打とうにも、背後にゆのか。門扉は男の向こうと来れば、儘ならない。
「あんまり暴れないでおくれよ、おあねえさん。傷が付いちゃあ、困るからよぅ」
あたしの頭の中を読んだ訳でもないだろうけど、相手はこっちの不利を、きっちりと分かっている様だ。
まあ、さして武勇に秀でてもない女が相手じゃあ、当然か。今の一撃で、こちらに力のない事は、伝わっちまったろう。
……さて、ここからが正念場かね。
ぐっと、腹に力を込める。
「楓さん、私──」
「大丈夫だよ」
簪を握り直した所で掛かった、後ろから呼ばわる声を、みなまで言わせず被せて返した。
この子が言いそうな事は、聞かなくたって分かる。
『自分を置いて逃げろ』
そう言い出すに違いない。
最初のコメントを投稿しよう!