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冗談じゃないよ。そんな真似しちまったら、あたしはこれから、顔を上げて生きらんなくなる。
黙り込んだゆのかの手を握り締める。逃げるんなら一緒、そんな気持ちを込めて。
ごく僅かな力だけど、ゆのかも握り返してくれた。
と、同時に、右上から小刀が振り下ろされる。握る手はそのままに、反対の手でそれを受ける。上から加えられる力が、先程の様に容易に受け流す事を許さない。
相手の刃とあたしの簪が、ぎりぎりと鍔迫り合いの音を響かせる。
当然、力の差が歴然である以上、少しずつではあるけれど、こちらの腕が押し戻されて行く。
何か、何か切っ掛けになりそうなものは……このままじゃ……
流石に内心に焦りが浮かんだ、その時──
「そこの者、何をしておる!」
聞き覚えのある声が、男の背の向こうから届いて、まだまだ油断ならないが、思わず安堵の息が零れ落ちる。
地獄に仏とは、よく言ったもんだねぇ。いやはや石頭のお人だから、地蔵様かね。
焦りは消え、そんな事すら思ってしまう。
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