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夜闇を切り裂いて颯爽と現れたそのお人は、腰の朱房を揺らしながら、あたしと男の間に割り入った。
「……松之丞様」
呼び掛けに、一度ちらりと視線だけを寄越し、周りを気にしてか、脇差を引き抜く。
「いかなる事かは知らぬが、女子供に切っ先を向けるなどと……お主、覚悟はできておろうな」
菱花で狼狽えていた姿が嘘の様に、凛と。
真っ直ぐに伸びた背と、気迫。
どう見ても破落戸に過ぎない男がそれを受け止めきれるはずもなく、じわりと後退りする。
「逃す訳には行かぬ」
明らかに、今回の件について関わりのありそうなこいつを逃がせないっていうのは、あたしも同意見だ。
松之丞様の足手まといになる訳には行かないが、ほんの僅かでも気を引く為、男の退路に回り込むべく、摺り足で右側へと歩を進める。
──が、
「逃げる……訳にはいかないんだよぅ、俺は、俺はぁぁぁっ!!」
急に叫びを上げた男は、逃げかけた足を戻し、半狂乱に刃を振りかぶった。
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