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もうそろそろ収穫の時期だ。
何年もこの地で過ごしていれば分かる。
麦の畑のすぐ側をいつものように散歩する。雨が降った後で雫がきらきらしている。
手足は泥でぬたぬたして気持ち悪い。少し先に水溜まりがあったので軽く洗おうかなと思って近寄った。水溜まりを覗くと、青い空がうっすらと見える。
だけどその中心に自分を見つめる二つの目。どこにいっても、空が見える水溜まりの中から覗いてくる。
黒くて三角の形の耳。にゃーと鳴いてみれば向こうも何も言わずに口を開ける。
僕は人間とかいうでっかい生き物に「猫だ!」と言われる。どうやら僕は猫というらしい。
「君は僕をいつも見てる。何も言わずに見てる。君も『猫』なのか?」
話し掛けても、音も無くただ口を動かすだけだった。反応が無いならと右手で叩いてみても、水がぱしゃっと音をたてて波打つだけで、そこには温もりもない。
「君は勇者か?」
僕が首を傾げると君も首を傾げた。
「君は一匹でいても怖くないのか?僕は怖くないぞ!」
首をぶんぶん振ると、君も振った。わざとらしい仕種が嘘を証明している。
「…じゃあ君には友達がいたのか?僕にはいたさ」
君が強がっているような顔をする。まぁ、いるということにしてやろう。
「じゃあ…君はその友達が危険な目にあったとき守れたのか?」
僕は守れなかった。怖くて前に出ることも出来なかった。僕は勇者になんかなれなかった。
君は悲しそうな目で僕を見つめた。
「……!そんな目で僕を見るんじゃない!」
ばしゃばしゃと叩く。土色に濁って見えなくなると、僕はまたとことこと歩き出した。
僕は独りでもいいもん。
最初も独りだったから。
一歩一歩が重くて、立ち止まる。空を見上げると、水色の中を白い綿が渡っていく。空の白い綿はいつもみんなと一緒にいる。
…きっと君はまた現れるのかな。
水溜まりの向こうに。透明な仕切りの向こうに。
…そしたら謝ろうかな。
…そしたら友達になってくれるかな。
…今度は勇者になれるかな。
今日も僕は独りで黄色の中を歩いてる。
-END-
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