三題噺「麦」「猫」「勇者」

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もうそろそろ収穫の時期だ。 何年もこの地で過ごしていれば分かる。 麦の畑のすぐ側をいつものように散歩する。雨が降った後で雫がきらきらしている。 手足は泥でぬたぬたして気持ち悪い。少し先に水溜まりがあったので軽く洗おうかなと思って近寄った。水溜まりを覗くと、青い空がうっすらと見える。 だけどその中心に自分を見つめる二つの目。どこにいっても、空が見える水溜まりの中から覗いてくる。 黒くて三角の形の耳。にゃーと鳴いてみれば向こうも何も言わずに口を開ける。 僕は人間とかいうでっかい生き物に「猫だ!」と言われる。どうやら僕は猫というらしい。 「君は僕をいつも見てる。何も言わずに見てる。君も『猫』なのか?」 話し掛けても、音も無くただ口を動かすだけだった。反応が無いならと右手で叩いてみても、水がぱしゃっと音をたてて波打つだけで、そこには温もりもない。 「君は勇者か?」 僕が首を傾げると君も首を傾げた。 「君は一匹でいても怖くないのか?僕は怖くないぞ!」 首をぶんぶん振ると、君も振った。わざとらしい仕種が嘘を証明している。 「…じゃあ君には友達がいたのか?僕にはいたさ」 君が強がっているような顔をする。まぁ、いるということにしてやろう。 「じゃあ…君はその友達が危険な目にあったとき守れたのか?」 僕は守れなかった。怖くて前に出ることも出来なかった。僕は勇者になんかなれなかった。 君は悲しそうな目で僕を見つめた。 「……!そんな目で僕を見るんじゃない!」 ばしゃばしゃと叩く。土色に濁って見えなくなると、僕はまたとことこと歩き出した。 僕は独りでもいいもん。 最初も独りだったから。 一歩一歩が重くて、立ち止まる。空を見上げると、水色の中を白い綿が渡っていく。空の白い綿はいつもみんなと一緒にいる。 …きっと君はまた現れるのかな。 水溜まりの向こうに。透明な仕切りの向こうに。 …そしたら謝ろうかな。 …そしたら友達になってくれるかな。 …今度は勇者になれるかな。 今日も僕は独りで黄色の中を歩いてる。 -END-
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