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「そんなのいないですよ。僕、独り身なんです」
谷倉は笑いながら言った。その口調はなんだか、
見てたんだから、知ってるでしょ?
とでも続きそうだった。
違うとは分かっていても、被害妄想が止まらない。
「お願いします!どうしても今日中に買っておきたくて…、佳乃さんしかいないんですよ」
大きな真っ黒な瞳に見つめられては、ますます断りにくなる。
「でも……」
「お願いしますっ。時間はそんなに取らせませんから!」
このまま放っておいたら、土下座までしてしまいそうな勢いに、ついに私は折れた。
「…分かった。良いよ」
「本当に!?ありがとう、佳乃さんっ!!」
「えっ!!ちょ、」
大袈裟に喜ぶ彼が、いきなり私の手をとってぶんぶんと振り回した。
大きな両手がすっぽりと私の手を包み、直に体温を感じる。戸惑う私の事なんかまるで気にしていない様で、彼は満面の笑みを浮かべた。
どちからと言えば大人しい人だと思っていたのに、こんな風にはしゃぐとは意外だ。
「帰りに迎えに来ますから、絶対に待っててくださいね!」
ぎゅっと手を握り念を押され、私は苦笑い。
「それじゃ、また後で」
手を振りながらレコードショップに消えていく姿を見届け、ふぅっと息を吐いた。
かわいいと、思ってしまった。その反面、男らしいその手に、どきっとしてしまった。
トキメキを感じるだなんて久しぶりだ。
いいや、年下の男と買い物に行くというだけで浮かれるだなんて、はしたない。
第一私は人妻だし、谷倉にソノ気はまるでないだろう。買い物はすぐに済ませて、家に帰ったら奏太の好物を作ろう。
そう思いながら過ごす午後は、時間が経つのが酷く遅かった。
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