11人が本棚に入れています
本棚に追加
ケイと出会ったのは一年前。
新緑の香りのする風に乗って、桜の花びらが可憐に舞う、暖かな春の日だった。
私は長年勤めている小さな喫茶店で、何時ものようにコーヒーの豆を挽いていた。
カランカランと古めかしい鈴の音が響き、
「お早うございます!」
と、元気な声が聞こえた。
入口に目をやると、にこにこと爽やかな笑顔が好印象な、向かえにあるレコードショップのオーナーと、一人の青年。
「お早うございます、祭屋さん」
作業していた手を止めて挨拶をすると、彼は慣れた足取りでカウンター席に座った。一番右端、そこが彼の特等席なのだ。
「谷倉も座んなさい」
「あ、はい、失礼します」
祭屋が手招きすると、「谷倉」と呼ばれた青年が、遠慮がちにスツールに手を掛けた。
「佳乃ちゃん、紹介するね」
2人に水を出していると、祭屋が言った。
「今期からウチで働く事になった、谷倉だ。ほら、挨拶しなさい」
「谷倉 景です、よろしくお願いします」
青年はそう言い、緊張しているのか、何だか怯えたような顔で私に頭を下げた。
茶色いストレートな髪の毛は長めで、前髪の隙間から見える瞳はアーモンド型。小さめの鼻と口に、丸みを帯びた頬のラインはまだ幼さが残っていた。
緩いVネックのシャツから覗く鎖骨の浮いた首筋は華奢で、隣に座る祭屋が恰幅の良い中年だからか、余計に細く見えた。
彼への第一印象は‘まるで捨て猫の様な青年’だった。
「はじめまして、玉置 佳乃です。コーヒーで良いかな?」
「あっ僕、熱いの苦手なんです。アイスティーでお願いできますか?」
舌まで猫とは、中々面白い。
歯車が狂い始めたのは、それから直ぐの事だった。
最初のコメントを投稿しよう!