林檎の見る夢(前編)

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ケイと出会ったのは一年前。 新緑の香りのする風に乗って、桜の花びらが可憐に舞う、暖かな春の日だった。 私は長年勤めている小さな喫茶店で、何時ものようにコーヒーの豆を挽いていた。 カランカランと古めかしい鈴の音が響き、 「お早うございます!」 と、元気な声が聞こえた。 入口に目をやると、にこにこと爽やかな笑顔が好印象な、向かえにあるレコードショップのオーナーと、一人の青年。 「お早うございます、祭屋さん」 作業していた手を止めて挨拶をすると、彼は慣れた足取りでカウンター席に座った。一番右端、そこが彼の特等席なのだ。 「谷倉も座んなさい」 「あ、はい、失礼します」 祭屋が手招きすると、「谷倉」と呼ばれた青年が、遠慮がちにスツールに手を掛けた。 「佳乃ちゃん、紹介するね」 2人に水を出していると、祭屋が言った。 「今期からウチで働く事になった、谷倉だ。ほら、挨拶しなさい」 「谷倉 景です、よろしくお願いします」 青年はそう言い、緊張しているのか、何だか怯えたような顔で私に頭を下げた。 茶色いストレートな髪の毛は長めで、前髪の隙間から見える瞳はアーモンド型。小さめの鼻と口に、丸みを帯びた頬のラインはまだ幼さが残っていた。 緩いVネックのシャツから覗く鎖骨の浮いた首筋は華奢で、隣に座る祭屋が恰幅の良い中年だからか、余計に細く見えた。 彼への第一印象は‘まるで捨て猫の様な青年’だった。 「はじめまして、玉置 佳乃です。コーヒーで良いかな?」 「あっ僕、熱いの苦手なんです。アイスティーでお願いできますか?」 舌まで猫とは、中々面白い。 歯車が狂い始めたのは、それから直ぐの事だった。
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