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その日は中々お客さんが帰らずに、何時もより帰りが遅かった。
店を閉めて、疲れた体を労りながら、レコードショップと合同で使用している駐車場に向かうと、薄闇に二つのシルエットがあった。
駐車場に人がいるのは何ら問題はない。一つが男で、もう一つが女で、険悪なムードを漂わせていようと私には関係ない。ただ一つ、無視できない事態は、二人が私の車の真前で口論している事。
「迷惑だよ。職場まで押し掛けてくるなんて…」
「電話もメール返してくれないからじゃない!」
「そんなのは理由にならない。アンタ、本当に常識ないよね」
「だったらどうすれば良かったの!?酷いよ…、あたしはケイに会いたかっただけなのに……!」
なるほど、痴情のもつれと言う訳か。
冷静にそう判断しながらも、二人の間に入っていける自信はなく、二人の視野に入らない場所で、壁に背中をもたれ掛けた。
盗み聞くつもりはないが、二人が去るまでこうしてやり過ごそう。
「だから、もうその話は終わっただろう」
「終わってなんかない!あたしは絶対に嫌だから!」
「いい加減にしてくれよ!これ以上、僕に嫌われたいの?!」
そう言えば、この男の声、聞いたことがある気がする。今は苛立った声だが、滑らかな重低音。言っている事は酷いが、言葉の端々は柔らかい。
一人称は今時珍しい「僕」。そして女から「ケイ」と呼ばれていた。
「…………、あれ?」
もしかして知っている人かも。
「お願い、別れるなんて言わないで……もう、我儘言わないからっ」
女の悲痛な叫びは、もはや涙混じりの懇願だ。
小さな体を震わせて、立っているのもやっとなその姿を見れば、対面する自分が史上最悪な極悪人に思えて仕方ないだろう。
「無理だよ。僕達は終わったんだ。
はっきり言おうか、僕はアンタなんて好きじゃない」
しかしこの男は非道だ。
考える間もなく、きっぱりとNOを突き付ける。
ついに女は押し黙り、言い様の無い悲しみに涙を溢れさせる。
さてさて、これからどうなる?
私は他人事をいい気に、背中で二人の会話を聞きながら、すっかり面白がっていた。
そして、暫しの沈黙。時折女のしゃくり声が聞こえるだけで、なんら進展が無いまま五分が過ぎた。
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