林檎の見る夢(前編)

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どうしたのだろう、と気になりだしたらキリがなく、私は壁から少しだけ覗いてみた。 二人の立ち位置は変わりなく、肩を揺らして泣く女の後ろ姿。そしてその向こうに、背の高い細身の男。 目を凝らしてみれば、やっぱり間違いない。男は谷倉 景だ。 「…いつまで泣いてるの」 穏やかな夜の闇に、溶けてしまいそうな優しい声。 「顔上げてよ」 谷倉の手が女の頬に伸びる。 「ごめんね、でも、僕の気持ちも分かって欲しいんだ」 「けい……」 「辛いのは、もう要らないだろう? だから、もう止めよう?」 心の奥を解すような、静かな声。肯定以外を許なさい、強い囁き。そんな風に言われたら、誰だって頷いてしまうだろう。 「最後に、キスして……」 「…分かった」 彼は女の髪を掬うように右手を頭の後ろへ回し、左手で腰を寄せる。 こちら側から見える手の甲の白さが異様に生々しく、その温もりを想像してしまう。 大きな手のひら、長い指。その手は何人の女を抱き寄せ、その体を撫でたのだろうか。
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