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どうしたのだろう、と気になりだしたらキリがなく、私は壁から少しだけ覗いてみた。
二人の立ち位置は変わりなく、肩を揺らして泣く女の後ろ姿。そしてその向こうに、背の高い細身の男。
目を凝らしてみれば、やっぱり間違いない。男は谷倉 景だ。
「…いつまで泣いてるの」
穏やかな夜の闇に、溶けてしまいそうな優しい声。
「顔上げてよ」
谷倉の手が女の頬に伸びる。
「ごめんね、でも、僕の気持ちも分かって欲しいんだ」
「けい……」
「辛いのは、もう要らないだろう?
だから、もう止めよう?」
心の奥を解すような、静かな声。肯定以外を許なさい、強い囁き。そんな風に言われたら、誰だって頷いてしまうだろう。
「最後に、キスして……」
「…分かった」
彼は女の髪を掬うように右手を頭の後ろへ回し、左手で腰を寄せる。
こちら側から見える手の甲の白さが異様に生々しく、その温もりを想像してしまう。
大きな手のひら、長い指。その手は何人の女を抱き寄せ、その体を撫でたのだろうか。
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