林檎の見る夢(前編)

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人のキスシーンなど、画面越し以外で見るもんじゃない。 見てはいけない。早く目を反らさなければ。 だけどそんな心境とはうらはらに、私は魅入られてしまい、身体が言うことを聞かない。 女の顎が持ち上がり、彼が背中を丸めて顔を少し傾けながら、その唇に吸い寄せられていく。 心臓が大袈裟なくらいに高鳴る。私は自分の指先を唇に押し当て、まるで自分がキスされているかのような感覚を求めた。 スローモーションのような動きで、二人の合わさった唇は離れていく。 彼の閉じられた瞼がゆっくりと開かれていき、その視線が女から反らされていく。 顔が上がるのと比例して視線は伸びていき、彼の瞳に、私が映った。 私の姿を見ても彼が驚く事はなかった。まるで最初から、私がいた事を知っていたかのよう。 そして彼は私を見つめ、女の体を抱き締めながら、笑ったのだった。 はっと息を止めた瞬間、今まで感じたことのない程の熱が、身体中を駆け巡った。血液が沸騰したみたいで息苦しささえ感じる。 今、笑った…? まさか、私に気が付いた? そう思ったのと足が動いたのは、ほぼ同時。 一刻も早くこの場を去りたい。彼の視線から逃れたい。そんな一心で、私はその場を後にした。 タクシーに乗り込んで家に帰ってからも、暴れる心臓は落ち着かず、脈打つ身体がもどかしい。 晩ご飯の準備をしていても、奏太と話していても、お風呂に入っていても、何をしていてもあの場面が頭から離れない。 夢にまで、見たほどに… あの笑顔に、私は狂わされてしまった。 .
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