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人のキスシーンなど、画面越し以外で見るもんじゃない。
見てはいけない。早く目を反らさなければ。
だけどそんな心境とはうらはらに、私は魅入られてしまい、身体が言うことを聞かない。
女の顎が持ち上がり、彼が背中を丸めて顔を少し傾けながら、その唇に吸い寄せられていく。
心臓が大袈裟なくらいに高鳴る。私は自分の指先を唇に押し当て、まるで自分がキスされているかのような感覚を求めた。
スローモーションのような動きで、二人の合わさった唇は離れていく。
彼の閉じられた瞼がゆっくりと開かれていき、その視線が女から反らされていく。
顔が上がるのと比例して視線は伸びていき、彼の瞳に、私が映った。
私の姿を見ても彼が驚く事はなかった。まるで最初から、私がいた事を知っていたかのよう。
そして彼は私を見つめ、女の体を抱き締めながら、笑ったのだった。
はっと息を止めた瞬間、今まで感じたことのない程の熱が、身体中を駆け巡った。血液が沸騰したみたいで息苦しささえ感じる。
今、笑った…?
まさか、私に気が付いた?
そう思ったのと足が動いたのは、ほぼ同時。
一刻も早くこの場を去りたい。彼の視線から逃れたい。そんな一心で、私はその場を後にした。
タクシーに乗り込んで家に帰ってからも、暴れる心臓は落ち着かず、脈打つ身体がもどかしい。
晩ご飯の準備をしていても、奏太と話していても、お風呂に入っていても、何をしていてもあの場面が頭から離れない。
夢にまで、見たほどに…
あの笑顔に、私は狂わされてしまった。
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