林檎の見る夢(前編)

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私は夏が嫌いだ。 冬産まれだと言うことが、関係するのかは分からないが、暑いのが苦手なのだ。 街行く人々の薄着化が進につれて、浮き足立つ若者たちの喧騒も嫌いだし、夏祭りや海水浴と言った夏特有のイベント事には、小さな頃に嫌な思い出もある。 短い夜の静けさに、響く虫の音は淋し過ぎて切ないし、 兎に角、嫌いなのだ。 コーヒーショップの店内は、マスターのエココロと言う奴でクーラーは無い。変わりに古めかしい扇風機がフル稼働中。しかし、その風もカウンターの中には届かず、私はいつも汗だくなのだ。 今日も暑さに耐え切れず、私は店の外に出て水をまいていた。 「佳乃ちゃんがそうやって水をまいてると、夏が来たなって思うよ」 祭屋は毎年そう言って、ご苦労様とパチンコで貰ったお菓子をくれる。 子供じゃないんだからと言いながらも、本当は少し嬉しいのが本音だ。 「ありがとうございます」 「良いんだよ、普段のお礼も兼ねてるんだから」 祭屋はにこにこと嬉しそうに笑い、手を振ってレコードショップに戻って行った。 チョコレート菓子と飴の詰まった袋をカウンターに隠して、水まきの続きをしていたら、今度は谷倉が現れて「暑いですね」と話し掛けてきた。 私は少し、緊張する。 「そうね、嫌になっちゃう」 彼の私情を見てしまってから3日。 彼の態度は少しも変わりないし、『私を見た』と思ったのは、勘違いだったのではないかと思い始めている。 でも、それでも、胸の内のモヤモヤした気持ちは晴れない。彼といると、頭の中で警告音が響くのだ。 「今日の帰り、少し時間ありますか?」 「え?な、なんで?」 「ChuChuってお店に行きたいんですけど、男一人で入れる店じゃないって言うか…」 谷倉は少し恥ずかしそうに俯いて、そう言った。 彼が言うお店は、女性向けのアクセサリーやランジェリーなどを取り扱ってる店だ。 リボンやレースに、キラキラふわふわ、女が本能的に惹かれる色彩で溢れるその店の門は、男性お断わりの匂いがぷんぷんする。 幾ら若く整端な顔立ちの彼でも、浮きまくるのは目に見えてる。 「まぁ、確かに一人じゃ、ね…」 「でしょう?だから、一緒に行ってもらえませんか?」 「私?でも、私よりもカノジョとか女友達を誘った方が……」 こないだキスしてた子とか、いるでしょ? 心の中でそう思いながら、私はやんわりと断ろうとした。
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