序章

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 東から風が吹くと、ふと誰かが呼んでいる気がして振り返ってしまう。  春風(はるか)には昔からそんな癖があった。  人に言うと笑われてしまうから、いつの間にか誰かに言うこともなくなり、春に吹く東風(こち)にひとり振り返っていた。  面接、受かるかな。  春風は歩道を歩きながら、頭の中でアルバイトの面接のシミュレーションを始める。  高校生の時にしていたバイトは、大学に入ってから通学途中ではなくなってしまった。  三年間していたバイトだったからやめるのは嫌だったが、今は時間が惜しい。  看護科は思った以上にハードで、勉強することも山のようだった。  面接先は自宅近くの薬局だから、一石二鳥だ。  春風は横断歩道の手前で立ち止まった。  信号は赤。  不意に季節外れの東風が吹く。  もう夏なのに珍しい。  春風は振り返った。 「?!」  そして驚く。  そこには着物姿の二、三歳くらいの幼い女の子が、春風のチュニックの裾をつかんで立っていたからだ。  子供は春風を見てにこっと笑う。  春風はとっさのことで、愛想笑いも浮かばない。
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