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「お待たせしました。コーヒーでよかったですかね?」
「あ、はい。ありがとうございます。頂きます」
テーブルにコーヒーカップと焼き菓子の載った皿とを並べる仕草が、まるで漫画に出て来る執事のように様になっている、この眼鏡をかけた男性。
彼がここ「フジムラ・エージェンシー」の社長であり、著名な音楽プロデューサーでもある藤群高麗(フジムラ・タカヨシ)だ。
年の頃は恐らく30代後半くらいの筈なのだが、外見はまったくもって年齢不詳。
派手ではないが、品の良い仕立てのグレーのスーツ(高級ブランドのものだろう)に身を包み、背中にかかる長さで緩いウェーブのかかったマロンブラウンの髪を左の肩口で結わえている。
かけている眼鏡のフレームは黒かと思っていたが、角度が変わると光の反射で、深い紫に見えた。
前の事務所の社長もたいがい若く見えたものだが、この人ほどではなかったかもしれない。
加えてこの柔らかい物腰に、優しげな微笑……どこまでも少女漫画的だった。
さぞかし女性に人気があるのだろうと思うが、未だに独身で通しているようだ。
マキナは目の前の人物をつぶさに観察しながら、コーヒーを口に運んだ。
ほろ苦い香りが広がる。
「マキナさんはブラック、なんですね」
スティックシュガーの先端を破りながら、藤群が口を開いた。
マキナは、いきなり「マキナさん」とファーストネームで呼ばれたことに一瞬驚きながらも、
「はい……コーヒーはブラックじゃないと飲めないもので」
と、答えた。藤群は更に重ねて問う。
「では紅茶も、ストレートがお好きなんですか?」
「!」
カップを握る手がほんのわずかに揺れて、琥珀色の水面が波打つ。
記憶の扉のひとつが、微かに動き、隙間が生まれる。
――紅茶はストレートで飲む以外ありえないね。……ミルクやフレーバーを加えるなんて、紅茶に対して失礼じゃないか。
夏の日差しの下。
他愛もない会話。
ああ、だから。
思い出してどうする。
くだらない男のことなんて……。
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