《序章 いつかその目に映る虹―Sternebogen―【1】》

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「……紅茶は、ミルクを入れます。ストレートでは飲みません……」 「そうですか。私と同じですね」  言いながら藤群は、コーヒーにもたっぷりミルクを注ぐ。ほとんどカフェラテと呼んで差し支えないような状態だ。  それを一口飲んで、藤群は満足そうにひとつ息を吐く。 「雇用契約に関しては、お渡しした書類と先程お話したことでだいたい全てです。 待遇について、あなたの今までのキャリアと実績を十分考慮したつもりですが、いかがでしょうか」 「ありがとうございます……ここまで厚待遇で迎えて頂けるとは思っていませんでした」 「私としても今このタイミングで、若くて能力のある方に来て頂けて、とても嬉しく思っています」    思わずこそばゆくなってしまうような賛辞を嫌みでもなくサラッと口にしながら、藤群はまた、にっこりと微笑む。 「新しいプロジェクトには、あなたのような人材が必要だったんです」  新しいプロジェクト……マキナはカップを置き、何枚も束になった書類の中から、一枚を抜き出し、視線を落とした。  その書類の見出しには、大きな文字で『Sternebogen・プロジェクト』と記されている。  英語ではない、ローマ字の羅列。確認するように、マキナはそれを口にした。 「……シュテアネボーゲン……これは、ドイツ語ですよね」 「直訳すると、星の弓となりますが、これは『星虹(セイコウ)』……宇宙の虹という意味で名付けました」  『星虹』……理系ではないマキナにはそれが具体的にどんなものか、あまりぴんと来ていなかったが、それでも何かの本で読んだことはあった。  空に虹がかかるように、ある条件下では、宇宙空間でも虹に似た現象が発生すると考えられていると。  藤群はとても楽しげに笑う。 「理論上の産物、現実にはまだ誰も見たことのない、幻の虹ですよ……ロマンを感じますよね!」 「はあ……そうですね」  マキナは若干曖昧なリアクションをしつつ、社交辞令を貫いた。  だがマキナにしてみれば、名前の意味など大した問題ではなかった。 「すみません、藤群さん……この書類だけではあまりに情報が不足していると思うのですが……」
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