《序章 いつかその目に映る虹―Sternebogen―【1】》

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 マキナがこの「フジムラエージェンシー」で初めて担当することになるアーティスト。  それが「Sternebogen(シュテアネボーゲン)」というロックバンドだ。  書類からわかるのは、20代の青年たちによる5人編制のバンドであること。パートの内訳がボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムであること。  プロデューサーである藤群自身が海外からスカウトしてきたボーカリストをデビューさせるに当たり、本人の希望でバンドという形を取ることになったという経緯。  2ヶ月後の5月末にデビューシングル発売の予定ですでに各方面動き出していること。  そんな端的な情報ばかりだった。 「プロデュースのコンセプトや、セールス上の戦略もお聞きしたいですし、マネージャーとしてはメンバー個々の情報も把握しなくては……」 「コンセプトや戦略は特に考えてません」  藤群はこともなげに断言する。 「全て白紙の状態です」 「しかし、2ヶ月後にデビューなら、すぐにでも楽曲を用意してレコーディングに入らなければ間に合わないのでは……」 「そうですね~……しかしその前にメンバーがまだ決まっていませんからね~」 「はい?」 「実はまだ、ギターとキーボードとドラムが決まってないんですよ」  あまりにもあっけらかんとした藤群の口調に、マキナは思わず頭を抱えたくなった。 「つまり、ボーカルとベースしかまだ決まっていないと……」 「はい、その通りです」  同じ業界に5年いたのだ、「藤群高麗」なる人物の人となりについて全く聞いていなかったわけではない。  かなりマイペースで風変わり、掴みどころのない人物で極めて浮世離れしている……有り体に言えば「変人」だと。  プロデューサーとしての手腕は業界中に轟いていたが、同時に誰もがその「紙一重」っぷりを噂してもいたのだ。 「残りのメンバーについては、順次オーディションで決定する予定です」  藤群はこの期に及んで、悪びれもなく「順次」だ「予定」だと悠長な単語を連発する。
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