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垢で汚れた顔に雑巾のような服と、枯れ枝のように痩せ細った身体は、母親としての慈愛や母性なんてものとは遥か彼方の、悲しみと苦しみに満ちた偶像のようであった。
エンデは女の顔をしっかりと見ることができなかった。
「ほら、忠告したじゃないか。靴に大きな傷をつけちゃって」
ミカエルが相変わらず変化のない口調で、どうでも良いような事を喋っている。
「見てごらん 彼女は君達の中ではかなり美しい部類の人間だよ」
ミカエルが暢気そうに言った。
しかしエンデは頑なに顔を見ず、だらしなく広げられた女の股の間で蠢いている、小さな怪物を見つめ続けていた。
この場面をエンデはこの後、何度も思い出す事となる。
食事中も育児中も、トイレに立っても寝ていても、崩れかけの廃墟の中で、痩身のぼろきれと、その傍らの生々しい新生児を照らす窓からの光。
太陽の名の下に、全てを調和させる陽光の魔術に魅せられた運命の瞬間を。
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