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押し寄せる思考の停止を理性で何とか阻止した。
彼女には知る権利がある―――。
「今の世界は歪んでいる。皆がすぐそこにある真実から目を逸らし、遠くにある理想に想いを馳せてばかりで………」
「だから、俺が。」と苦しそうな表情で続けた彼に、華音は戸惑うばかりだった。
「何言って…―――」
冗談でしょう?
言いかけて笑おうとした華音を、彼は突然抱き締めた。
「なっ……!!」
赤面する彼女をさらに強く抱き、彼は小さく返した。
「明日から、世界の怒り、悲しみ、憤り。全ての不満は俺に向けられる……。お前とこうして顔を合わせるのは、今日で………最期だ。」
奥歯を噛み締めて呟く彼の言葉が全て理解出来たわけじゃない。
ただ、彼の言わんとしていることと、彼と永遠に話せない事だけは簡単に理解出来た。
「そんな事、急に………!」
涙が頬を伝って、視界が霞んだ。
「嫌よっ!そんなの………いやぁっ!」
我が儘な子供のように泣き喚く華音の両肩を掴み、彼は泣き出しそうな顔で言う。
「お前は俺が護るっ!………それがお前を愛した男の、せめてもの慈悲と誓いだ………!」
解らない。
彼の言う事が解らない。
いや、実際は。
彼の言葉の意味を理解したくなかっただけだった。
それでも、彼の目尻から頬を伝うそれが一筋の涙だと識って。
華音は彼を抱き締めた。
力いっぱい抱き締めた。
戸惑う彼に気が回らないくらい、華音は初めて腕が折れそうな程に抱き締めた。
死なないで。
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