1・満月の夜の邂逅

5/8
62人が本棚に入れています
本棚に追加
/78ページ
件の通りからそれほど離れていない、とあるマンションの一室。 所謂デザイナーズマンションである、お洒落な外観にそぐわない殴打の音がその部屋を満たしていた。 「お願・・・い、もう止めて!」 女・游梨は両手を掲げ顔を庇うも、悲鳴のように発した言葉は男には届かず、暴力は止まる事を知らない。 ガードした隙間から殴られ、手薄の足を強い力で蹴られ、呻きが漏れても男の表情は微塵も揺るがず、『怒り』の感情しか浮かんでいない。 「うるさい!お前がいけないんだ!俺以外の男と話をするから!」 「ち、違っ・・・!あの人は本当に、ただの同級生で・・・」 「黙れ!ウソをつくな!あんな楽しそうな顔しやがって!」 反論の言葉は喉の中で消えた。 息が出来ない。 男の蹴りが鳩尾辺りに命中し、激しい痛みに、顔を庇う両腕が力無く下がった所に、拳が飛んでくる。 游梨は遠のく意識の中で、体が傾いていき、視界が霞むのを感じた。 (前はこんなじゃなかったのに・・・) 腫れた頬を、涙が一筋伝った。 壁は分厚く、助けを請う声はとうに意味のない行為である。 容赦の無い男の攻撃にひたすら耐えながら、游梨は唇を噛み、悲鳴を押し殺した。 暴力行為を受けながらもまだこの男と離れられないのは、寂しいだけじゃない。心のどこかでいつか優しかった頃に戻ってくれると信じているからだった。 愚かだと冷静な自分は警告してきたが、無視していた。 本気で好きだったから。 游梨の瞼の裏に、確かに幸せだった当時の記憶が鮮明に蘇ってくる。 幸薄い自分にはこの男が、この男こそが『運命の人』だと信じて止まなかったあの頃の記憶が――・・・。
/78ページ

最初のコメントを投稿しよう!