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「あと5分で行くぞ」
と言って匠はドアを閉めると、あたしは口を尖らせてリュックから化粧ポーチを出した。化粧水はないが、乳液なら小さい瓶がある。
化粧をしながら、あたしは少し耳を澄ました。ベッドに座る匠の様子が、微かに伝わってくる。二本目の煙草に、火をつけるライターの音。…今、足を組み替えた。考え事をしている時、爪先で軽く床を叩く癖。まるで空気のように、匠がそこにいるという気配を感じて、あたしは気持ちが和らいでいくのが分かった。
あたしはバスルームから出て匠の背中を見つめていると、匠は振り向いてあたしを見るなり、立ち上がりジャケットを羽織った。そして、掛けてあったあたしのコートを取り上げて、あたしに差し出すと、
「とりあえず外にメシでも食いに行こう。それから、横須賀に行く」
と言うと、あたしはコートに袖を通しながら、驚いて匠を見た。
「…横須賀?」
「やがてすぐに、奴らは動き出す。その前に、お前に、全部話しておきたい。横須賀に、お前に会わせたい人がいる」
「…遥さん?」
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