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混濁とした意識の中、追い剥ぎの片割れは追憶した。
追憶とはいえ、昔の記憶を辿ったのではなく、直前の出来事を思い直しただけだ。
何が起こった?
その一言に尽きる。
帰ってこない仲間を探しに自分達が茂みへと入った時に、何かが起こったに違いないとは思う。
何せ、その直後にもう一人が倒れたのだから、それ以外には考えられない。
ただし、具体的に起こった出来事が全く理解できていないのだ。
そんなことを思いながら、頭の近くで小枝が踏み折られる音がしたため、首を動かして見上げた。
それだけでも重労働なのは、もう自分が死にかけなのだろうと悟るには十分だった。
黒い何者かが佇んでおり、男は物の怪の類いかとも疑ったが、どうやら違うようだった。
左の腕(かいな)から刀を生やした物の怪など、いようはずもない。
男の常識がそう告げると同時に、冷や汗が滲む。
ならば、これは人間か?
一瞬のうちに二人もの人間を斬り捨てた運動能力を有する物が人間かと思うと、恐ろしくすらある。
「屑が……」
頭上で発せられたのは、憤怒と侮蔑、それに冷酷を添えたような声。
虫けらを見るほうが、まだ暖かみを内包しているのではないかとすら思えるほど冷えきった視線。
そして、左の腕から生えた刃がかちりとなる音は、断罪へ向けての準備。
「吐きなさい、仲間がどこにいるのかを」
死に逝く自分には、拒否権などないのだと悟らされた時、男は仲間が拐(さら)った娘を手込めにしようとしている開けた場所の方向を告げていた。
仲間を売ったという自覚はなく、ただ口から漏れていたのだ。
そして最後に浮き世で聞いた言葉は――
「教えてくれてありがとう、地獄で僅かな救いがあればいいですね」
慈愛に満ちた処刑の宣告だった。
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