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足音もなく疾駆すると、風が仮面に覆われた頬をなぞって音をたてる。
ヒュウヒュウと耳元で鳴るのを聞きながら、飛び上がっては伸びた枝に踵をかけ、慣性と筋力を利用して屋根へと登れば、視界の端に捉えた追跡者へと苦無を放る。
空気を裂きながら進むそれは、的確に追跡者の喉へと吸い込まれるかと思えば、金属音とともに弾かれ、夜空にしばし漂い地面に落ちた。
「……」
枝から枝へ飛び移りながら投擲、投擲、投擲……刃の雨を降らせるものの、最小の動きで躱し、跳ね除け、こちらを睨めつける追跡者に口角が上がる。
想像よりも出来る、それが朧の所感。
ただただ間合いの外で投げているだけでは、時間の空費になるだろうと見切りをつけ、屋根から地面へと降り立つと、影に溶ける。
「何者カ」
「……」
影の中で揺蕩う様な希薄さで佇む朧を、相も変わらず睨めつける男からの返答はなく、問い掛け以後はただただ静謐が場を支配した。
はてさて、どうしたものか。どこの何者かも分からない以上は、情報が欲しいところではある。
この追跡者は単独なのか、徒党を組んでいるのか。前者ならば、この場で打ち倒した上で吐かせれば良い。
後者ならば、そう認識するのも甚だ不本意ながら、一応の連れ合いである静にも差し向けられている可能性も高い上に、自分が酒を飲ませて潰したこともある。
「悪イガ、早々ニ片付ケル」
言葉が相手の鼓膜に届くやいなや、既に間合いを詰めて放つ右膝での蹴りは、腹部ーー肝を的確に肉の上から叩いた。
「ーーーー!!?」
移動の勢いをきちんと乗せて入れてやった膝蹴りは、喚き散らしたくなるだろう程の威力ではあるが、追跡者は声を漏らさずに受けていた。
最も、威力を逃せないように首根っこと腰に手を添えたうえで入れてやったので、声の代わりに口から液体が漏れて、地面に落ちてぱたたと音を立てたが、それを掻き消すように追撃。
軽く浮いた体の支えになっていた添え手を外して、延髄への肘鉄を見舞ってやった音が雑木林に木霊した。
意識を断ち切るつもりであったにも関わらず、地べたで無様にもんどり打っている追跡者の様子は、間違いなく意識がある状態だ。
「面倒ヲカケルナ」
酷薄にそう告げながら、転がる追跡者に更に追撃。
頭を蹴り抜き、痛みと揺れから幾らか動きが大人しくなったところに、頭目掛けての踏み付けを二度三度と見舞えば、大人しくなったのを見て、木に括り付ける。
「自死サセルワケニモイカンシナ」
暗がりの中、猿轡代わりに自身の着流しの袖をちぎって噛ませてから、一旦その場を後にした。
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