おねだり願望。

2/4
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
  夕方特有の柔らかいオレンジ色が射し込む教室。そこには、ペンを走らせる音とイヤホンから微かに漏れる音楽があった。 「――なぁ、」 「…………」 机を並べて課題に勤しんでいたが、沈黙が重い。声を掛けるが無視をされる。そもそも、音楽を聴いているので聞こえないのかも知れない。 「そこ、違うし」 「え?」 伸びた掌で頬をつねられ、呂律が変わった。 「ろこが?」 「ここから――ここまで」 指が置かれて端から端まで走る。どうやら頁全部が違っているらしい。 「まひで!? ――ホントに?」 頬から手を離されれば呂律は戻り、同時に相手を見据えた。 「マジで。言おうと思ったけど、お前真剣だしやめといたわ」 「なんだよ、それは!」 「怒る暇があるなら、消ゴムで消せば?」 「五月蝿いですー。今やろうと思ったんですー」 転がる消ゴムを手に取れば、ノートに走らせる。ケシカスは黒く染まり散った。 「つか、さっさと教えてくれりゃあ、こんなことにはっ、ならなかったしっ」 「はいはい」 消ゴム往復は一回で終わることはなく、二度、三度と繰り返され、漸く――字がデコボコに残っているが――白さを取り戻した。 「なんだよ?」 「お前、」 イヤホンを外し、じっと見つめる。 「おねだり、したことある?」 その言葉には開いた口が塞がらない。 「おねだり? あるに決まってんだろ。小遣いあげたい時とかー、兄ちゃんにゲーム買ってほしい時とか」 「違う。俺にだよ」 「ん? お前に? あった……ような?」 「ねぇよ、んな事実は」 「そうだったっけ? 判んねぇよ、んなこと」 「しろよ、おねだり」 「なに言ってんだよ。オレは忙しいんだよ」 忘れた課題をこうして写しているのだ。見れば解るだろうに。 「ふぅん。そんなこと言うわけね」 すすっと手がノートに掛かる。 「嘘! 嘘です! すみませんっ」 謝りつつ彼は慌てて手を乗せ、奪われるのを阻止した。 「なら早くしろ」 にやりと笑うその顔はしてやったりだ。 「くそっ……」 奥歯を噛んで視線を逸らす。課題をやり忘れた自分が一番悪いが、足元を見る目の前の男も気に入らない。 ――それでも。 「なんて言えばいいわけ?」 「そうだな。キスしてって可愛く言えばいい」  
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!