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湯気のたつマグをこたつに置きながら、ふと前を向くと
弟疑惑の学ラン男子は
散らばった漫画や小説を
凝視していた。
「あ…すみません
散らかしっぱなしで」
美しき紙の束たちを手早く隅に寄せながら、読書大会に耽ろうとしていた過去の自分に想いを馳せると切なくなった。
切ないって便利な言葉だ。
私は別次元へと下半身を送り込み、万全の体勢で弟疑惑の学ラン男子と対峙した。
(とはいうものの正座でこたつに入ると膝と微妙な範囲しか温もらないので万全とは言えない)
「…」
「…」
奇妙な沈黙が流れる。
弟疑惑の学ラン男子は
マグの取っ手をそうっと摘まむと、即座に離した。
学ランの袖から覗くベージュ色のカーディガンを引っ張り、
手先を包んでからまたマグに手を出した。
猫舌ならぬ、猫手。
忙しい時は彼の手を借りよう。
ようやく一口飲んだ彼の顔を見ていると、見事なしかめ面を披露してくれた。
インスタントのミルクティーは口に合わなかったらしい。
彼はマグを置くと、真っ直ぐに私の目を見た。
「…けほっ
本題に入ります」
なに今の咳?
喉の粘膜痛めるほど不味かった?
「…はい」
「伊勢谷博臣という名前をご存知ですよね?」
そうなのだ。
私だってまるきり馬鹿な訳ではない(多分恐らく概ね)。
唐突に家を訪ねて来られて(押し入られて)、見知らぬ少年に弟ですと言われても
部屋に上げるわけがない(多分恐らく概ねそうだろう)。
しかし
伊勢谷博臣という名前が
脳裏をかすめ
見知らぬ“おとうと”の存在を否定することができなかったのだ。
もしこの名前が無かったら新手の僕々詐欺として片付けていただろう。
「僕は伊勢谷博臣の息子です」
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