空中禁匣

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私は何も言えずに 冷えきったマグを握りしめた。 「そしてあなたも 伊勢谷博臣を父親にもつ …そうですよね」 「あ…はい」 私は歯切れ悪く応えた。 確かに伊勢谷博臣は私の父親でもある。 私の両親(つまり伊勢谷博臣とお母さん)は私が生まれてすぐに離婚して、私は母と共に母方の実家へ帰郷し そこで育てられることになった。 伊勢谷博臣の名前は知っていても顔も素性も知らないのだ。 正直、彼に関しては憎しみとか親愛の情とか そんなものすら持ち合わせてはいない。 まったくの、無。 「ご存知かもしれませんが 伊勢谷博臣はあなたの母親と離婚してすぐ、別の女性と再婚しました」 同じ調子で淡々と、まるで数式でも読み上げるかのような少年の言葉。 「…知りませんでした」 「そうですか あなたのお母さんはあなたに伊勢谷に関することを一切話さなかったみたいですね」 カチン、ときた。 なんだかお母さんを悪く言われたような気がして。 「母がそうしたかったんだからそれでいいじゃないですか …それに離婚してすぐ再婚するようなお父さんの話なんかされても…」 「迷惑なだけですか」 言い捨てるように二の句を継がれ、しかもそれが図星。 憤慨した私は弟疑惑の学ラン男子を睨みつけた。 彼は余裕の笑みを浮かべ 何か?というように 私を見下ろしている。 「…いえ別に 続きをどうぞ」 「そうですね 続きといっても もうほんの結びですが 再婚した伊勢谷博臣と その新しい妻は子供をもうけた」 少年は一呼吸おいて 窓の外を一瞥し、そして私を見た。 「その子供が僕です」 でしょうね。 ここまで彼が話したことは、伊勢谷の名前が出た時点で薄々、否、ある程度は推測出来たことだ。 問題はこの先。 その事実を私に明かす意味と 彼の後ろに控えるピカピカの黒いキャリーバッグの意味。 彼は何の目的があって ここへ来たのだろうか。 「ここまでは理解できましたか?」 義務教育、高校と全て修了した私が何故に学ランを纏う少年にこんな台詞を吐かれなければならないのか。 納得できないながらも 「はい」 と素直に頷いた。 「…ではここからが本題です」 彼はミルクティーを一口飲み、また顔をしかめてから喋りだす。
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