空中禁匣

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「あ…あの本題に入る前に質問してもいいですか?」 私はおずおずと手を挙げた。 「駄目です」 私はすごすごと手を下げた。 ここまではっきりと拒否されるとは。 「質問は後でまとめて受け付けます」 一方的だ。 まるで生徒と先生のよう。 「僕という子供をもうけたのは、伊勢谷の経営する設計事務所に後継者が必要だったからです。 離婚…いや再婚して4、5年は順調だった経営も徐々に傾きはじめ僕が十歳の時には倒産してしまいました。」 倒産… 自分の父親の話なのに テレビの中のニュースのように、他人事にしか思えない。 「それから生活はぐんと貧しくなりました 大きな一戸建てから小さなアパートへ家族三人で引っ越して、父は知り合いの工場で働き出しましたが それでも苦しくて、母もパートに出て… 家族が家に三人で揃うことはほとんどなくなり、徐々に家庭は崩壊していきました」 ドラマみたいな展開だ… 自動的に胸が痛くなる。 私は、私はそんなの全然… だけど知っていたからといって私に何ができるのだろう? 「それからは …まあありがちな話ですが 僕は口喧嘩の絶えない両親に嫌気がさして家を出たわけです。 未成年者にも関わらず。」 …ありがちではないんじゃないかな? 「…この話、あなたにとっては全部他人事にしか感じられないですよね?」 私はどきりとして少年を見た。 少年は唇に薄く笑みを浮かべている。 またもや図星をさされて しどろもどろする私。 「まあ無理もないですね あなたの母親の実家は裕福で、あなたは何不自由なく大切に育てられたのだから。 でももしあなたが伊勢谷に引き取られていたら? この話の主人公は僕じゃなくてあなただったかもしれない」 私は息を飲んだ。 さっきまで彼を包んでいた“少年”の空気が一変して 私は静かに攻撃されている。 「…ですが僕の境遇をあなたのせいにするのはあまりに馬鹿げてる 僕はあなたを責めたてるためにここへ来た訳じゃないんです」 もう充分責められてるような気がする。 「ましてやあなたを恨んでいるわけでもない …ただ」 「…ただ?」 私は用心深く先を促した。 「両親を見捨てた僕には、肉親といえる人はもうあなたしかいない 半分とはいえ血の繋がった“あね”には“おとうと”を保護する義務ってものがあるとは思いませんか?」
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