空中分離

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私は目の前にあっさりと差し出された保険証を受け取ろうと手を伸ばした。 が、しかしあと3センチというところで空中高くお預けされてしまった。 やっぱり! 私は瞳をきゅぴぃんと光らせた。 年齢を鯖読んだことがバレるから見せることが出来ないに違いない。 18歳で自立なんかできるはずないもの。 出任せ言ってくれちゃって… 童顔なのをいいことに私を油断させて食い潰そうって魂胆ね! そうはいかないんだから! 本当は私と同い年か… 年上のお兄ちゃんかもしれない。 全ては保険証を見ればわかることだ。 今更隠そうとしても手遅れなのだよ。 私が裁きの視線を爛々と向けても、 伊勢谷少年は眉ひとつ動かさないで平然としている。 「そういえばまだ名乗っていませんでしたね」 そう言われて初めて気が付いた。 初対面の人と名前も聞かずに長々と向かい合っていたなんて… 私は少しばかり赤面する。 そんな私の様子は歯牙にもかけず、彼は淡々と言った。 「保険証で自己紹介というのも失礼なので 先に名乗っておくことにします 伊勢谷千博です どうぞよろしく」 名刺のように差し出される保険証。 「こ、こちらこそよろしくお願いします」 急に畏まった気分になって、私はぺこりと頭を下げながら賜った。 イセヤ チヒロ 伊勢谷 千博 生年月日もきっちりと 私の生まれ年の翌年の9月6日とあり、 11月の今、彼は紛れもなく18歳である。 被保険者の欄には 伊勢谷博臣の名前があった。 私がそれを、穴が開くほど凝視していると 伊勢谷千博くんは マグからミルクティーを ちびりと飲んだ。 そしてやっぱり 少しだけ顔をしかめてから言った。 「信用頂けましたか?」 私はこくんと頷いた。 「それじゃあ早速 セパレートを始めましょう」 彼はもぞもぞとこたつに入りながら万年筆を取り出した。 「せ…せぱれーと?」 万年筆のキャップが外れる小気味良い音がした。 「そうです まずこの狭苦しい八畳間を更に半分に分けます」 そして彼はポケットの中から更にもうひとつ、さっき私の名前を綴ったメモ帳を取り出した。 一枚破き、長方形のまっさらな紙を半分に折り畳んで折り目をつける。
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