空中分離

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伊勢谷千博くんは とんでもない少年だったのだ。 「さっき自立してると言ったでしょう? 僕は一人で生活していける程度の収入があるわけです 両親もそれを認めた上で家を出ることを許してくれました まあ、彼らには多少嘘をつきましたが」 頭がついていかなくて 私はごくごくとミルクティーを飲んだ。 「…そんな甘いのよく飲めますね で、話を戻しますが 仕事柄部屋にこもりがちな僕としては是非とも窓側に住まわせて頂きたいんです 出入口側は… あなたが出かける度に部屋を横切られては仕事に集中できませんから」 無表情で淡々と言い切った。 なんて自己中心的な考え方だろう。 ここは私のお城なのに。 そんな私の表情を読み取ったのか、千博くんは薄く笑った。 「もちろんタダでとは言いません ここの家賃と生活費は全て僕が負担させてもらいます」 私は目をぱちくりさせた。 「そんなことはできませんっ! 本末転倒じゃないですか!」 「本末転倒? 僕はあなたに“居場所”を要求したのであって、養えとは言ってない。 これはギブアンドテイクです」 「で、でも…」 「でもじゃなくて 生活費はあなたに手渡しするとして… 家賃は引き落としですよね?」 「やっぱりそんなのって…」 「僕が振り込めば小牧家が不審に思うでしょうし… いっそのことあなたがバイトを始めたことにしましょう。 実家にそう連絡しておいてください」 「私の話も聞いてください!!」 千博くんは頬杖をついた。 「…なんですか」 「やっぱりダメです 家賃も生活費もだなんて 千博くんが頑張って得たお金なんだからもっと大切なことに使った方がいいと思います わ…若いんだし」 「面白いことを言いますね」 千博くんは目を細めて言った。 その表情は 微笑んでいるようにも 蔑んでいるようにも見えた。 「僕にとって何が“大切”かも知らないくせに」 「それはそうだけど…」 「バイトもしたことがない人にお金を得るための努力がわかるんですか? 貴重な報酬を“大切なこと”意外に使う訳がないでしょう」 つまり 目下、彼の“大切なこと” とは居場所の確立ということ? 有無を言わせぬ迫力に 小さくなってしまった私と 目を細めて私を見下ろす千博くん 二人の間に奇妙な沈黙が流れる。 「な… 何で私がバイトしたことがないと…?」 「調べました」 彼の復職は探偵なのかもしれない。
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