空中分離

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「か、買い物って…?」 私は断腸の思いでこたつを抜け出してわたわたと立ち上がった。 千博くんはコートを羽織りながらすたすたと玄関へと歩く。 慌てて追い付き、 後ろ姿を見上げると さっきまでの華奢で儚げな印象は消え去っていた。 立ち上がって 並んでみると千博くんは けっこう背が高い。 玄関で革靴を履き、 後ろに控えていた私を振り返って ふ、と笑った。 この笑い方は癖なのだろうか。 「なに着いて来てるんですか さっさと掃除機かけてください」 「う…あ、はい わかりました」 千博くんは私を見下ろして目を細める。 「いい子です」 ドアノブに手をかける千博くんの後ろ姿に、一応声をかける。 「…それやめてください いってらっしゃい」 彼の動きが一瞬停止して いってきます、の言葉が 小さく早口に聞こえた。 バタン、と大きな音がして扉が乱暴に閉まる。 …もしかして、照れてる? まさかね。 あの計算高くて大人びた少年に限ってそんな可愛らしいことあるはずがない。 私はそう結論付けて 部屋の掃除に取りかかった。 少しでも手抜きがあると 何を言われるかわかったものじゃない。 四角い角を、四角く掃除しなければ。 □ ピンポーン 私は調理の手を置いて、 掛け電話をとった。 「小牧さんのお宅ですか? 宅配便でーす」 「…もうその手にはかかりませんよ」 私は解錠のボタンを押した。 電話の向こうで 「はは、 でしょうね」 と呟くのが聞こえた。 失礼な子だ。 ピンポンピンポン 「おかえりなさい」 私が扉を開けると 大きな紙袋を持った千博くんが、寒そうに立っていた。 時刻は午後6時。 外はもう真っ暗だ。 「…ただいま」 危うく聞き逃しそうになったが、確かにそう聞こえた。 気分は思春期の息子を持った母親だ。 笑いそうになるのをこらえながら、私は彼を迎え入れた。 「大荷物ですね 何を買ってきたんですか?」 千博くんはちょっと むっとしながら答える。 笑いこらえてるのばれたかな。 「すぐわかりますよ」 勿体ぶらないで 教えてくれればいいのに。 「…うん きちんと掃除できてますね」 彼は部屋を見回して言った。 「どうも… あの、思ったんですけど なんであんなに宅配のお兄さんの声真似、上手なんですか?」
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