108人が本棚に入れています
本棚に追加
「実際宅配のお兄さんやってましたからね
1ヶ月で辞めましたけど」
紙袋をがさがさしながら
千博くんはさらりと答えた。
謎の多い子だ…
「高校に通いながらバイトを?」
「ええまあ
基本的にはバイト禁止の学校でしたけど」
「秘密で…?」
「いや、全てのテストで学年5位以内を保つという約束で先生に許可を申請させました」
5位以内…
「…優秀なんですね
約束は守れたんですか?」
「守りました
あ、ここの壁って押しピン刺しても大丈夫ですか」
「あ、はい
大丈夫で…わあ!きれい!」
紙袋の中から出てきたのは、大きな大きな布だった。
柔らかなオレンジ色をしている。
「マルチクロスです
これで部屋の間仕切りをします
そっち側持って下さい」
「え?あ、はい…」
片端を天井近くに押しピンで留める千博くんの傍らに立つ。
「背伸びしてますね」
「…悪いですか
174しかないんですよ」
「別にそんなことを言ってるわけじゃ…」
「…身長いくつですか」
「163センチですけど」
「無駄にありますね」
「…」
うるさいな。
「じゃあ反対側を留めましょう」
「あれ?
こたつ退かさなくていいんですか?」
部屋の中央にはこたつがどかんと鎮座ましましている。
「こたつはダイニングテーブルとして使います」
こうして、私の唯一無二のお城はオレンジの膜によって真っ二つに分離してしまった。
次元移動装置まで真っ二つ。
私は溜め息まじりに言った。
「ご飯にしませんか?」
「なら窓口を作ります」
窓口?
私がスープを温めて
部屋へ持っていくと
こたつのテーブルに掛かっていた部分の膜だけがくるくると畳まれて木製の洗濯ばさみで留められている。
確かにこれは窓口だ。
ぽっかりと空いた窓口の向こう側では、千博くんが本を読んでいる。
分厚い文庫本だ。
「…お待たせしました」
不思議な気分で
窓口の向こうにも食器を送る。
千博くんは本を閉じて受け取る。
メニューは
ロールパンとポトフ。
「「いただきます」」
なんとも盛り上がりに欠ける食事が始まった。
千博くんの一口は、これまで学校で目にしてきたどの男の子の一口よりも小さくて
私は不安に襲われた。
「あ、あの…
美味しくないですか?」
「え?」
「あんまり食が進んでないみたいだから…
ごめんなさい
男の子の好きなものってよくわからなくて」
最初のコメントを投稿しよう!