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千博くんはスプーンを置いて首を傾げた。
「不味そうに見えましたか?」
「いえ、あの、その…」
みるみるうちに顔が熱くなってくる。
「僕は食に対する関心が人より極端に低いらしいんです
生命活動を維持出来れば満足というか…」
「味とか…関係ないんですか?」
「甘過ぎるものは苦手です」
ミルクティーの謎が解けた。
「量は大丈夫ですか?」
「たぶん…
食べきれると思います」
小食なんですね
わかります
千博くんが華奢な理由が明らかになったところで、私は傍らに置いてある彼の本に目がいった。
小説家の読む本…
「「あの」」
「「はい?」」
完全なシンクロ。
完璧なハモり。
「なんですか?」
口火を切ったのは千博くんだった。
「あ、えと、じゃあ
何の本を読んでるんですか?」
千博くんは傍らの文庫本を手にとってかざした。
「これですか?」
「はい」
どこかの書店のカバーに
包まれた分厚い文庫本。
「気になりますか?」
「…とっても」
ふ、千博くんがまた笑った。
淡い照明の下で見ると
うっかり見惚れてしまいそう。
私の弟くんは、
線の細い、整ったお顔立ち。
「推理小説です」
「へええ!
誰のどんな本ですか?
ちょっと見せて━━…」
私が手を伸ばすと
文庫本は千博くんの手によって仕切りの向こう側に消えていった。
「え…」
「結和子さん」
「はい?」
「侵さない、犯さない。
ごちそうさまでした」
千博くんは笑顔で
空の食器を私の方へおしやった。
「それじゃ
おやすみなさい」
洗濯ばさみが手早く外され、けんもほろろに窓口は閉ざされた。
「ちょ…
布団はあるんですかっ?」
オレンジ色の膜の向こう側に、話しかける。
部屋の中なのになんで
こんな閉め出された気分なのだろう。
「あります
買いました」
向こう側から事務的な返事。
「そうですか…
おやすみなさい」
まだ午後7時だというのにおやすみなさいを言ってから、私は後片付けに取りかかった。
□
そう、こうして
私だけの大切なお城は
一日にして崩れ去ったのだ。
実に儚く。
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