第九章

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満は結局、設楽の好意に甘えてしまった。 2日間の連休を、すべて看病に費やさせてしまった。 設楽に何度もお礼をしたが、申し訳ない気持ちで一杯だった。 「清さんもよくやるわよね。振られた女の看病を2日間もやるなんて。 満ちゃんさ、忘れられない男がいるのはわかるけど、清さんほどいい男はいないよ。」 加奈子に言われなくても、満自身もわかっている。 だけど、慶太への思いを消したくとも、この胸の中に大きく傷のように残って、消すことが出来ないのだった。 出来る事なら、忘れたい。 それが本音だ。 だけど、忘れるために設楽と付き合うのは、何かが違う気がしていた。 やっぱり、いつまで経っても、堅物で、不器用な女なのだ。 「今度お礼に、キスでもしてやりなよ。大喜びするよ。」 「え・・・」 「冗談だよ。満ちゃんはガードが固いな。こりゃ清さんもこれから苦労するな。」 加奈子は悪戯な笑みを浮かべ、吸っていたタバコの火を消した。 「さて、休憩時間すぎちゃったな。戻ろう。」 二人は工場の中へ戻った。 戻ると相変わらず、仕事には厳しい設楽に怒られた。 「おい、休憩時間過ぎてるぞ。」 「あ、ごめんなさーい。」 いつものように、加奈子が設楽にそう言うと、 「まったく、返事だけはいいんだから。」 設楽は独り言のようにそう言うと、今度は満を見た。 「おい、神崎、体の具合は大丈夫か?」 「あ、はい。すっかりよくなりました。」 満がそう言うと、設楽は笑顔になった。 きっと、この人と付き合えば、慶太を忘れられるのかも知れない。 だけど、やっぱりそのために、この人を利用するなんて、私には出来ない。 満はまた、不器用な自分を恨んだ。 「辛くなったら言えよ。」 そう言うと、設楽はどこかへ行ってしまった。 「清さん、胸がキュンとしちゃうな。私、清さん好きになろうかな。」 加奈子がまた冗談っぽく言った。 「私、本当だめな女ですよね・・・」 満がそう言うと、加奈子は笑った。 「満ちゃんがダメな女だったら、不倫している私なんて、もっとダメな女だよ。」 加奈子の言葉に、優しさを感じた満だった。
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