ソファーの上で

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僕は耳を疑った。 「えっ、今なんて言ったの?」 「だからぁ…その…ソファーの上で…」 妻は気まずそうな笑顔を浮かべながら、消え入るような声で呟いた。 しばしの沈黙。 僕は目を覆って、件のソファーにもたれかかった。 「そんな…大袈裟にしなくたっていいじゃない!」 僕の落胆ぶりに彼女は、少し機嫌を悪くして言う。 僕は目を覆ったまま、間髪を入れずに聞き返した。 「なんで?」 「えっ? …だから、テレビが見たかったから…」 「そうじゃなくて…」僕は、何だか重苦しい身体をソファーから離して、妻の方に目をやった。 「なんで約束を守れないの?」 「…だって…」 「だって、じゃないだろ。君は…僕の許可なしにソファーに近づかない。そういう約束だろ?」 僕は出来るだけ感情を抑えて、一言々々、妻に伝える。 どうもそれがいけなかったらしい。妻は瘧が憑いたように、激昂した。 「そうだけど…そんなの絶対におかしい!」 そう言った途端、彼女はソファーに歩みより、目一杯の力を込めてソファーを叩いた。 「わっ! 馬鹿! よせ!」 僕は我を忘れて、妻に掴みかかり、無下に彼女を突き飛ばしてしまった。 彼女は小さく悲鳴をあげて、床に倒れる。 その行為に心の片隅で後悔はしたものの、僕はソファーの叩かれた場所を優しく撫でた。 妻の方を、静かに顧みる。彼女は目に涙を浮かべながらも、鬼のような形相で、僕を睨みつけていた。 「…そんなもののせいで、私は…私は…!」 小刻みに震える彼女の口元から、ソファーに対する呪咀が幾つも飛び出した。 「そんなもの、私が好きなら捨てちゃってよ!!」 その言葉を聞いた時、僕の中の何かが切れた。 「なんてこと言うんだオマエは! オマエなんか…!」 僕は手を強く握り、彼女に向かって大きく振り上げた。 その刹那。 ぎゅっ 小さな力が、僕の服の裾を引っ張った。 「ママをエイッてしないで…」 ソファーが、か細い声で、そう言った。 「ごめんなさい。私が悪い子だから。ごめんなさい…」 ソファーは、円らに開いた眼を、しっかりと僕に見据えて、一生懸命に言った。 その、今にも泣きそうな自分の娘を見て、僕は力無く拳を下ろした。そうして微かに震えるソファーを、丁寧に抱きしめる。 「…ごめんな、ソファー…お父さんが悪かった」
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