第二十六戦…長篠の戦い・其の八

9/13
前へ
/400ページ
次へ
「昌豊と信房が……!? 待て、なら何故昌豊の軍の俺たちは呼ばれないんだ!!」 激昂する弥七が正好の肩を掴んで揺さぶる。弥七の心中は怒りと悲しみで溢れそうであった。 「……それも昌豊殿の意向だ。『弥七と正好、そして千代はここで失うには惜しい存在だ――』そう言っていた」 正好は歯を食いしばっていた。一番悔しいのは正好であるということは弥七も、千代にもわかっていた。 「だから今は撤退するんだ。昌豊殿と信房殿が救ってくれた命……無駄には出来ん」 無理やり気持ちを整理させ、ふと正好の目に肩を震わせる千代の姿が映った。 「……千代?」 正好の呼び掛けは千代に届かない。 「……それじゃあ……姉上は何の為に……!!」 「……千代……」 千代の言葉を止めようとする弥七。しかし千代の気持ちは止まらなかった。身内を目の前で失い、その死が報われなかった。そのことが千代にやりきれない気持ちを募らせていた。 「……涙はもう見せないと決めました……それでも……こんなの……!!」 彼女は顔を伏せて歯を強く食いしばった。涙を見せてはいけないと誓った分、そのつらさは増えていた。
/400ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1296人が本棚に入れています
本棚に追加