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「……設楽原から離れたとはいえここはまだ三河のはずだ。山や川を見ながら北東の方角に向かえば甲斐に戻れる」
あくまでも弥七は冷静でいた。このような状況だからこそ落ち着かなければならないことはわかっていた。
口から漏れ出しそうになったため息を飲み込み、懐から手の平ほどの大きさの麻の巾着を取り出す。
「……それは何です?」
膝を抱えて座る千代が頭だけ弥七の方に向ける。
「いわゆる非常食ってやつだ。……量はあまり無いが、飢えをしのぐくらいなら出来る筈だ」
弥七は「食べたくなったらいつでも言ってくれ」と言って再び懐にしまう。
「用意がいいな」
立ちっぱなしで周囲の安全を確認していた正好もようやく警戒を解いて地面にどかっと座る。
「この陽気じゃあまだ雨は降らないだろうからな。晴れているうちに進めるだけ進むか」
正好はそばに落ちていた手頃の石を手に持って前方の木へと投げる。
石は木にぶつかったところで二つに割れて地面へと落ちていった。
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