第一章 零・とある笑い話

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 絵無筆依(えなしふでより)がその行為に及んだ理由は、言うならば『何となく』であった。  そこそこ名の知れた家柄に生まれた絵無は、幼き日より両親の望む最良の息子を演じながら、特に日向に恋い焦がれることもなく育った。さながら傀儡(かいらい)の如く。両親が礼儀を学べと言えば、一昼夜を通してその身に作法を叩き込んだし、教師という職業を選んだのも全ては言われるがままだった。  そんな紐で繋がれた玩具のように導かれるだけの人生にもしかし、絵無は一度たりとも不満を持ったことはなかった。一抹の猜疑心(さいぎしん)ですらも抱いたことはない。  絵無には特にこれといって、やりたいことがなかったからだ。  両親の言いつけは、男にとって生き地獄のようにも感じられた『退屈な人生』をうやむやにするのに、手短で都合のいいものだったし、また同時にそれを嬉しいとも面倒だとも思わなかった。  ――『無』――  それが絵無を絵無たらしめる唯一にして無二の要素であり、無垢なる要因だった。  ――故に、絵無が生まれて初めて抱いたその自発的願望の根底にあるものは、何となくとしか言い表し様のないものであった。  ある日唐突に、男が手に入れた『力』。  悪魔の恩恵とでも言うべき“忌能(いのう)”は、男に何かをしてみたいという願望を植え付け、男は何となく最初に思い付いたことを実行に移した。  すなわち。  “人間を使っての人形造り”である。
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