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嘘を吐いたことがありますか。
そんな至極一般的かつ一方で常識を嘲笑うかのような問いに、本来なら普通に常識を備えた一般人であるはずの僕はしかし、即座に答えることができない。
何故なら、僕にとって嘘とは意識的に吐くものではなく、改めてそう問われなければ、常として自分が嘘を吐いたことを忘れがちだからだ。
『噂とは人を騙すものであり、混乱させるものであってはいけない』。
いつだったか聞いたそんな言葉。大いに納得だった。賛同はできないけれど、少なくとも事実と思えるくらいには受け入れられる。
そんな信条のような空言も相まって、僕はなるべく人を混乱させるような嘘は吐かないと、常々心に注意を呼び掛けているのだが、流石に今から話す出来事に関しては、それは約束できない。
それほどまでにあの春に起きた出来事は荒唐無稽で、それでいて混乱無しでは聞けないくらい滅茶苦茶な真実――紛れもない現実だからだ。
冬の曇り空のように濁りきったあの春あの日、僕はとある殺人現場に遭遇した。それが始まり。始まる前から終わっていた、物語の続きが再び始まった瞬間。
嘘を吐くように笑い、偽るように怒り、虚言を並べるように哀しみ、空言を紡ぐように楽しむ少年と。
本音を出さないように笑わず、実意を洩らさないように怒らず、内心を読まれないように哀しまず、真実を悟られないように楽しまない少女。
そんな喜怒哀楽が歪み切った二人が出会った物語。
苦しみと痛みと狂いと、ほんの少しの体温を伴った救いのない物語。
その二人はきっと出逢い方を間違えたのだ。出逢い方を間違えなければそもそも出逢わない、そんな星の元に生まれたはずだった。
けれど二人は出逢ってしまった。
だからそこに歪みが生じた。
結局のところ、たったそれだけのことだったのだろうと、僕は今になって思う。
もっとも。
それが後悔とは限らないけれども。
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